農政 解説・提言詳細

2014.02.07 
【新春特別講演会】日・中の対立回避し交流を 丹羽宇一郎氏(前中国大使)が講演一覧へ

 一般社団法人農協協会、農業協同組合研究会、新世紀JA研究会は1月29日、東京都内で、前中国大使の丹羽宇一郎氏を招き「日中問題を考える」新春講演会を開いた。同氏は、戦後最悪の日中関係を懸念し、お互いの国益を守るため早急な関係修復の必要性を強調した。以下、講演の要旨を紹介する。

成長続ける
巨大市場を視野に

◆中国の食料輸入、“爆食”で拡大

講演を行う丹羽氏 中国との係わりは商社時代から40年近くになり、数年前まで大使を務めてきたが、その間、中国の変化は隔世の感がある。当時は中国産ダイズの輸入の仕事だったが、現在、中国のダイズ輸入量は約5000万tあり、世界の貿易量の半分以上を占めている。まさに“爆食”というにふさわしい状態だ。
 日本もそうだが、いま世界では共通して激しい気象変動に見舞われ、北半球は大雪や洪水が多くなっている。こうした自然災害は、40数年前に比べると格段に増えていることが分かる。50年ほど前は世界で大きな自然災害は40〜50件だった。これが最近は400〜5500件発生している。
 これまでは世界の農業生産は非常に条件に恵まれており、食料の需給バランスがとれていた。農地は増えないものの反収が170〜180%も伸び、穀物収穫量が11億tから24億〜25億tになった。

(写真)
講演を行う丹羽氏

◆異常気象で食料に不安

 しかし、これからはどうなるか。環境問題等から、農地はこれ以上増やすことは難しく、2030〜35年には世界の国の2割が水不足に陥り、自然災害はさらに厳しくなるだろう。地球が養える人口は100億人と言われるなかで、今の70億人が30〜40年後には92〜93億人に達すると予想され、穀物生産をさらに11億tくらい増やさなければならない。
 これを補うだけの反収がこれまでのように上がるだろうか。地球の気象の歴史のなかで、これまでのように恵まれた条件は続かないだろうと気象学者はみている。
 そういう目で米の減反などの今の日本の農政をみていくべきだ。光、水、土と、日本は農業生産の条件に恵まれている。日本政府は農業は「日本国の宝」との信念で農業にもっと力を入れ、腹を決めて取り組む必要がある。

◆関係悪化、一段とアップ

 大使として1年半前まで中国・北京に赴任していたが、当時と比べて今の日中関係は次元の異なる段階に入っている。厳しさが1ランクアップし、戦後最悪の状態にあると言ってもよい。両国の信頼関係にひびが入り、首脳同士の信頼関係がなくなり、話もできない状況になっている。
 特に安倍総理の靖国神社参拝の影響が大きかった。個人としては問題ないが、日本の代表である総理大臣として参拝したことは、政教分離の憲法上の問題だけでなく、ポツダム宣言に基づく国際法上の問題もあり、アジア諸国はもとより、第2次大戦の戦勝国の、日本に対する失望を招いている。

◆共同声明の精神を

聴衆で埋まった講演会 尖閣諸島の領土問題については、1972年から98年までに、日中間で4回も共同声明を出している。そのなかで、日中間の対立を煽るようなことはやらないことを明記しているが、両国はそれを破り、その逆をやっている。
 いまこそ共同声明の精神を遵守し、実現のための努力をしなければならない。いまやっていることは、相手が攻めてきたらどうするか、そのための防衛体制はどうするかの論議である。そうではなく、こうやって両国関係をよくしようと、前向きに考えなければならない。どういう努力をしたよいか。両国の首脳は真剣に考えてもらいたい。
 尖閣問題についてだが、1972年以前のこの島は灯台のようなもので、漁業者は道標として航海していた。だから、どちらのものでもなく、境界線など考えなかった。歴史的事実を言い始めると、いずれにもいい分があり、お互い都合のよい史実だけを持ってきて主張するのでは、対立を煽るばかりではないか。
 国際裁判でと言う人もあるが、当事国が出席しないのでは成り立たない。では売買か。しかし世界の歴史で、この例はほとんどない。すると戦争しかなくなる。しかし戦争は、敗けた国が、その後力をつけたら必ず取り戻しにかかるものだ。戦争も解決にならない。

(写真)
聴衆で埋まった講演会

◆突発的事件の回避体制を

 領土問題を話し合いで解決したところが1つある。フランスとドイツが争ったアルザス・ロレーヌ地方だ。豊富な地下資源が争いのもとだが、この資源を両国で共同開発にすることで歴史的な対立にけりをつけ、EUのノーベル平和賞につながった。
 これは両国の信頼関係があったからできたのだが、いま、国境問題を抱える日本と中国、韓国、ロシアとの間にはこれがない。ではどうするか。主権の主張、棚上げのどちらであれ、いま必要なことは、両国が「戦争をしない」ことを確認することだ。このひとことだけでよいから約束してほしい。このまま敵対的言動を繰り返していると、日本、中国ともますます要人の会う機会が失われる。
 いま尖閣諸島は一触即発の状態にあると言ってもよいだろう。第1次大戦勃発の引き金となったサラエボ事件のようなことがあってはならない。わけの分からない行動をする人はどこにでもいる。事件が起きてからでは遅い。お互いが話し合って危機管理体制をつくらなければならない。

◆領土問題は「タイム」をとれ

 ではどうすべきか。私はスポーツの試合のように「タイム」をとるべきだと考えている。「延期」でも「中止」でもない。その間、首脳同士が電話で話ができるようにするとともに、青少年の交流や旅行など、人の行き来を促すことだ。
 日中は隣国だが、中国人に会ったことのない日本人、日本を見たことのない人が多い。中国人の90%以上の人が日本や日本人にほとんど縁がない。それでは、なぜお互いが嫌いになるのか。それはイメージによるところが大きい。中国では、日本人はサーベルと軍帽の戦前の軍隊のイメージが強い。日本人は福沢諭吉の「脱亜論」以来、中国人を蔑視してきた。ただ、今の人はそんなイメージはない。JICA(ジャイカ)で中国に派遣された青年たちは一様に、「日本で聞いていたのと違う」と言い、日本に行ったことのある中国人も「日本は清潔で、人は親切だ」という。

◆国民同士の交流が大事

 子どもたちの交流をみても分かるが、等身大で話すと、あっという間に仲よくなるものだ。争いさえしなければもっと人の交流を増やすことができる。中国から日本に来る人が年間350〜360万人、逆は150〜160万人だが、この程度では、効果のある交流にはならない。もっと交流して、中国の人に今日の日本を見てもらいたい。
 一昨年アメリカのハーバード大学には135カ国4500人の留学生が入ったが、このうち中国人はナンバー1で582人で、日本人は10人余りに過ぎない。今日、これから中国ではこの留学組が政治や経営の重要な地位についていく。また、GDPもドルベースで日本の2倍に達し、貿易量も世界トップだ。10〜15年後はGDPでアメリカを抜くだろう。
 しかし日本では、こうした中国の経済的発展に対して反対の見方をする人がいる。シャドウバンキングの破たんや、経済成長率の低下、さらには公害や共産党幹部の汚職などを挙げ、今に中国はひっくり返ると言っている。しかし、経済成長率が下がったのは1970年代の日本も同じだ。経済規模が大きくなれば成長率が低くなるのは当然のこと。問題はその規模がどうかである。
 「中国の悪いニュースをざまをみろ」と思う人がいるかも知れないが、とんでもない。そういったところで日本がよくなるわけではないし、日本でも40年前は公害や汚職など、いろいろいろあった。いま中国が、日本の後を追うような経験をしている。その意味で、中国が日本から学ぶことは多いはずだ。資本主義発展の同じ道筋にあり、ほかの先進資本主義国がそうしたように、中国も乗り越えるだろう。

◆中国の改革、今度は本気

「日中問題を考える」新春講演会 これからの中国は、今の習近平の体制がどうなるかだが、そのポイントの1つは経済改革にある。本来総理である李克強がやるべ経済改革に主席の習近平が乗り出してきた。課題である都市と農村の格差解消に国家を挙げて取り組もうとしている。これは本気だと思う。
 それと外交面で、対外工作部署を充実させ、そこの組長に習近平が就任した。国を挙げて対外問題にも取り組むつもりだ。そして3つ目が共産党の綱紀粛正だ。贅沢品はだめ、異動の際の飛行機のファーストクラスの禁止など、ぜいたくと汚職の取締りなどに本腰を入れ始めた。これは侮りがたいとみるべきだ。
 そしてアメリカで教育を受けた留学組が新知識をどんどん取り入れ始めた。こうした新しい経営者、指導者の進出で、今後、共産党のジャスティス(政権の正統性)は何かという問題が生じるだろう。選挙がない体制で、民意をどうくみ取りかということだ。
 インターネットが普及しており、あまり引き締めると人権など国際的な問題になり、また国内的にも国民に対して押し付けができなくなると予想される。1960年の日本の安保デモのようなことが中国で起こらないとは言えない。
 日本にとって中国市場は大きな魅力がある。1960〜70年初、日本では10年ぐらい継続して15〜20%の賃金アップがあった。中国でも、いま同じことが起きている。今後、5〜6%の経済成長を続けるだろう。隣に成長を続ける14億人の市場があるのだ。これを見逃す手はない。

(写真)
「日中問題を考える」新春講演会

◆日本は人口減少社会に

 では日本はどうすべきか。日本にはいくつかの不安材料がある。その一つ、大きな問題が人口の減少だ。日本は1964年のオリンピックの後、年間100万人規模で人口が増えた。しかし、この先、2020年オリンピックの後は逆に100万人ずつ人口が減る。人口減で日本の社会は大きく変わるだろう。
 インフラの補修や、人口減の田舎で、インフラ整備をこのまま続けてよいものか。インフラの補修はどうするのか。2020年の東京オリンピックでも、いままでの延長線上で設備投資していいものかどうか考えるべきだ。
 中国の人口はどうか。一人っ子政策で高齢化が急速に進むというが、2013年で640〜650万人も人口が増えている。経済成長は人口増も大きな要因の一つだ。そう簡単に中国経済がだめになることはない。

◆将来性ある14億の市場

 日本は自給自足できない国である。原材料を輸入し、加工で付加価値をつけて輸出してきた。ところがここにきて、貿易が赤字になり、原材料は円高で高騰。また円高で売上額が増えても、実需が追いつかない状況になっている。アベノミクスというが、このままでは日本はおかしくなるかも知れない。
 一方で、中国は製造工場から消費市場に変わろうとしている。早く仲よくなって14億の市場を活用するべきだ。これは嫌い、好きの問題ではない。アメリカも日本よりは中国で稼いている。

◆日本食品の信頼確保を

 経済が伸びているときは問題にならないが、逆だと経営者の能力が問われる。
政治や経済にとって一番大事なことは、信頼・信用の醸成である。日本の食品は安全・安心ということで、世界の尊敬と信頼を集めている。しかし農薬入りの食品や、一流ホテルの偽ブランドなど、世界の信頼を失いかねない問題が次々と発生している。
 これに歯止めを掛けるのは、間違いなく教育だ。いま、使い捨ての労働者が増えているが、これでは社員教育ができない。中小企業は人を大切にするが、大企業は非正規社員を使いすてにする。これでは日本の企業がどうなるか、10年、15年後が心配だ。非正規社員を廃止して、技術の継承をはからなければならない。
 また、今後インターネットが革命的に増えるだろう。ネットは道具であり、そのためには英語が必要だ。信用・信頼は金では買えない。信頼は時間がかかるが、これをなくしたら仕事はできない。人のため社会のためと考えて仕事をすると、お金は後でついてくるものだ。

◆競争力つけ食料輸出を

 これから日本で伸びる産業は医療介護と農業だと思う。農業の強さは国によって違うので、これを保護するのは当たり前。豊かな日本の水と光と土を有効に使いたい。それには日本の風土に最も適した米の活用を真剣に考えるべきだ。
 それに、やはり競争力をつけなければならない。農業には土壌、昆虫、バイオから機械、運搬など最先端の技術が集約されている。それを使って反収を増やさなければならない。そして農産物の輸出だ。中国に続いて、これから食料輸入国になる人口大国インドも有望な市場になるだろう。 


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