農政:トランプの世界戦略と日本の進路
トランプ2.0の世界と日本の「この国のかたち」 横浜国大名誉教授・田代洋一氏2025年7月18日
米国のトランプ大統領は7月7日、日本からの輸入品に25%の関税をかけると発表した。8月1日を発効日としており、参議院選挙後の日本政府の交渉が問われる。しかし、そもそもトランプの世界戦略とは何かを冷静に分析し、日本の針路を定める必要がある。田代洋一横浜国大名誉教授が分析と課題提起をする。
【画像】(Photo: Official White House)
自己破壊するトランプ
トランプ2.0の登場から半年以上が経過し、その狙いややり口もほぼ見えてきた。各国は、高関税攻撃に振り回されてきたが、今や、それぞれの国の基本姿勢が問われる時だ。とくに真っ先に関税交渉に訪米し、得るもののなかった日本はそうである。
米国はポスト冷戦期に世界の覇権国家になった。今、トランプがやっていることは、覇権国家から降り、その義務や負担から米国を開放する、しかし世界最強の国家たり続ける、そのためのコストを世界から徴収する、ということだ。
覇権国家の条件は、軍事力、経済力、ソフト・パワーの三つだ。アメリカが最強国たりつづけるためにも、それは必要な条件だ。このうちソフト・パワーとは、その国の価値観、文化等の魅力により各国の協力を引き出すパワーであり、同盟、協定等も含まれると解する。
トランプがやっていることは、その三つの条件を自己破壊することだ。特に目立つのはソフト・パワーの破壊だが、高関税政策は経済力の破壊に通じ、経済力を失えば軍事力も失う。そういう米国の悪あがきに、同盟国・日本は、いつまで、どこまで付き合うのか。日本に問われているのは、そのことだ。
まずは、経済力や軍事力の面から考えていく。
デイールの手口
トランプの最大の武器は「ディール」(取引)。予測不可能性、相手に自分を理解させず、次の一手を読ませない、手口が特徴だ。
それには不意打ち効果があるが、二つの弱点がある。一つは、回を重ねると「またか」ということで、先を読まれてしまう。二つは、「ディール」にはカードが必要なことだ。
カードなしに「ディール」できないことは、ロシアやイスラエルの侵略戦争を止められないことにも明らかだ。その時はトランプは「私の戦争ではない」と逃げだす。つまり覇権国家の務めを放棄する。逆にカードをもつ国は強い。中国はレア・アースというカードをもっているために米国と妥協できた。
クルマを死守したい日本は、農産物以外に切れるカードを持たない。そのカードも参院選を前に切れない。「ちょっと待ってね。参院選後は必ず。」というのは、2019年の日米貿易交渉で当時の安倍首相が使ったセリフだ。
高関税に効果なし
輸入高関税は、関税収入、それを税源にしての金持ち減税、産業の国内回帰の一石三鳥を狙ったものだが、たちまち、株・ドル・米国債のトリプル安を招いた。予測では、世界のみならず、米国自身のGDPを世界最大に落ち込ませる。輸入雑貨品等のインフレでトランプ支持層の生活を直撃する。相互関税の上乗せ分をストップさせたのは米国金融業界だという。トランプは、高関税を本気で実行すれば、スポンサーの支持を失いかねない。
そこで、まず高関税をふっかけて、すぐさま「延期」、そして「延期の延期」をし、その間に「ディール」しようとする。結局、脅しに乗らざるを得ないのは、米国に対して弱みや借りをもつ新興国や途上国になる。同盟国・日本もその一つになりかねない。参院選後が怖い。
高関税が実現すれば、米国の2025年度の関税収入は2024年度の4倍に増えるという。しかしそれは瞬時のことで、それを除けば米国の貿易赤字を増すだけだ。もはやモノづくりの力を持たず、原材料を輸入に依存する米国は、関税によるコスト高に追い込まれ、輸出を減らし、輸入は減らない。
高関税を課したところで、物づくり人材に欠ける米国に企業は戻ってこない。アップルは売り上げの1/3を中国で生産される製品に依存し、米国で製造したら価格が倍以上になるという。米国民の6割は高関税に反対だ(トランプ支持者だけが8割賛成)。
高関税政策は、米国の経済力の自己破壊だ。
アメリカの狙いはドル安
関税効果が乏しい、あるいは逆効果だとすると、米国が本当に狙うのは何か。二点ある。
一つはドル安だ。ドル安になれば輸出しやすくなり、輸入はセーブされ、貿易赤字削減になるはずだ。ドルが世界の基軸通貨であることで、米国は為替レートを高く保つことを余儀なくされた。米国はドル紙幣を刷るだけで支払いや輸入ができるが故に、貿易赤字と財政赤字を累積してきた。
ここからは逃げたいが、基軸通貨としてのドルの地位は死守したい。とすればドルを安くするしかない。ドル安は日本にとっては円高だ。日本の輸出産業が本当に恐れるのは、高関税よりも円高化である。アベノミクス以来、米国は円安を容認してきた。そのため日本は、技術革新を怠り、労働分配率を高めずに、「企業の好景気」を維持してきた。しかし日本としても、それはもう限界にきている。改正基本法・基本計画は、農産物の輸出を切り札にしたが、円高に追い込まれると苦しくなる。
1985年のプラザ合意では先進国が協調してドル安誘導した。そういう「協調」をトランプは破壊してしまった。さてどうするか。米国の難問だ。
軍事費の同盟国転嫁
米国の第二の狙いは、軍事費の同盟国転嫁である。トランプ2.0政権でいちばん分かりにくいのは、肝心の世界戦略である。政権内には、МAGA(「アメリカを再び偉大に」)派と対外強硬派の二潮流があると言われる。前者は、イラン爆撃等よりも国内重視のようだ。両派とも対中国強硬策であることは同じだが、肝心のトランプは中国との「ディール」重視だ。その先には、米中ロの3強による世界支配の構図が描かれているかも知れない。
とはいえ、中国に経済力・軍事力で絶対に負けたくない。しかし米国一国の力では無理だ。となると同盟国の力を極限まで使うしかない。NATOには軍事費の対GDP比3.5%、関連投資も含めて5.0%を納得させた。
日本にも対GDP比3.5%を押し付けてきた。この点でも、日本は「参院選が終わるまでは触れないでね」と懇願した。それは「選挙後は...」と言うに等しい。
岸田内閣は2027年に防衛費を対GDP比2.0%とした。金額にして11兆円だ。それが3.5%なれば20兆円以上になる。他方、朝日新聞の全国世論調査では、「いざという場合、米国は本気で日本を守るとは思えない」が77%、「日本外交は米国の意向に対し、なるべく自立」が68% (4月27日付け)。
問われているのは「この国のかたち」
つまりトランプ2.0が客観的に問うているのは、日本の「この国のかたち」だ。日本は少なくともアベノミクス以降、米国の円安黙認の下で、クルマの一本足打法で稼いできた。いまそのクルマ輸出がトランプの逆鱗に触れている。それは、クルマ一本足の産業構造そのものが問われているということだ。
日本は米国に軍事基地を提供し、その費用も負担し、集団的自衛権・敵地攻撃能力までもつに至った。そのうえ防衛費を対GDP比3.5%にしたら、社会保障や食料安全保障の予算はどうなるのか。増税は避けられない。あるいは食料安全保障(農業構造改革)の初動5年予算は手切れ金なのか。参院選では、消費税減税か給付金かが争点になっているが、問題は財政のあり方を根本から問うことだ。
トランプ高関税は、行き過ぎた新自由主義的なグローバリズム(自由競争一本槍)に水を差すことなった。日本は幸い、米国が参加しないことでCPTPPやRCEPといったより緩やかなFTAを持つことになった。それを一つの足掛かりに、ヨーロッパやアジアの国々と連携しつつ、より緩やかなグローバリゼーションの形を追求し、そこで食料安全保障や農業の多面的機能のための予算をきちんと確保できる国、過度の「競争」ではなく、「協同」の活きる国を築くことだ。
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