農政:TPP重大局面
【TPP 重大局面】 緊急寄稿 再選後のオバマ体制とTPP問題 大妻女子大学教授・田代洋一2013年3月1日
・オバマと安倍の巨大なギャップ
・聖域は確保された?
・再選後のオバマ政権
・飛んで火にいる夏の虫
・参院選が勝負
安倍晋三首相は2月22日のオバマ大統領との日米首脳会談でTPPは「聖域なき関税撤廃が前提ではないことが明確になった」として、参加表明に前のめりな姿勢を示し始めている。
しかし、共同声明ではすべての物品が交渉の対象となることや、規制の緩和・撤廃など高い水準の協定を達成することを「確認」したと明記している。これはまさに「TPPの本質」を確認したものにほかならない。また、「最終的な結果は交渉のなかで決まっていくものである」としており、全国から「これでなぜ聖域があるといえるのか」との声が上がっている。
さらに自民党の政権公約自体、関税問題のみならず食の安全の確保、ISD条項の拒否などの項目も含め、それを一体としてあらかじめ確実に確保されなければ「交渉参加に反対する」ものだと受け止め、支持者は期待した。それは今回の安倍首相の認識との大きく違うもので危機感が高まっている。
TPP問題は重大局面を迎えた。今、何を認識すべきか、再選後のオバマ大統領の狙いは何かなど田代洋一教授に緊急に分析してもらった。
◆オバマと安倍の巨大なギャップ
2月23日の各紙夕刊の一面に「TPP交渉参加へ」の文字が躍った。しかしよく見ると、オバマ大統領のリップサービスと作り笑いに対して、安倍首相ひとりが「日米同盟復活」と舞い上がっている構図だ。オバマは世界をみているが、安倍はせいぜいオバマの顔と国内政局をみるのみ。目線が違う。この巨大なギャップを、共同声明の中味とアメリカの世界戦略の両面からみたい。
◆聖域は確保された?
日米首脳共同声明文は各紙に紹介されているので、ただちに分析に入ろう(共同声明は下記)。
[1]安倍首相は、共同声明で「聖域なき関税撤廃を前提とするTPP交渉参加に反対」という公約は守られたとする。しかし問題はアメリカではなくTPPが「聖域なき撤廃を前提とする」か否かだ。共同声明は、アメリカが日本の参加を認めるか否かにあたって全ての関税撤廃を条件にはしないと言ったに過ぎない。アメリカとしては日本をTPPに引き入れることが第一だから、多少のリップサービスはする。しかし実は何一つ譲歩していない。
[2]問題はTPPそのものだ。共同声明は冒頭、TPPは「全ての物品を交渉対象にすること」、既定の「TPPの輪郭」を遵守することの二点を確認している。そして「TPPの輪郭」には「関税その他の障壁を撤廃する」ことが明記されている。さらにアメリカが何を言っても「最終的な結果は(TPPの)交渉の中で決まる」ことも確認している。アメリカとしては、TPP交渉で他国が日本の「例外」にNOを言って通らなかった場合、せいぜい「ゴメンネ」と言えば済むことだ。
[3]声明は日本に農産品、アメリカに工業品(自動車)の「センシティビティ」があるとした。日本は「センシティビティ」という言葉に小躍りしている。しかし農産品とクルマでは問題が全く違う。農産物にはオーストラリアやニュージーランドなど多くの国が関係する。彼らが反対すれば終わりだ。それに対してクルマはほぼ日米のみで決着できる。アメリカの乗用車の関税2.5%などは今の円安でふっとんでしまう。それでもセンシティブとしたのは次の点に係わる。
すなわち[4]自動車・保険、その他の非関税措置についてさらに作業が残されているとする。「作業が残されている」とは、これらで日本が妥協しない限り、アメリカは日本の参加を認めないと言うに等しい。前述のような関税より円安が大きく影響するとすれば、アメリカの実益は関税維持ではなく、対米輸出自主規制しかない。
要するに共同声明はアメリカが日本参加の条件として「例外」を認めただけの話で、TPPで「例外」になることでは全くない。聖域は何も担保されていない。どうも日本の政府の受けとめや報道は、TPPを「日米FTA」と錯覚している。
安倍首相は、TPP問題を日米だけの問題に、日米の問題を農業問題に、農業問題を「聖域」問題に、三重に矮小化したうえで「聖域」を勝ち取ったと酔いしれている。自民党の外交・経済連携調査会「TPP交渉に対する基本方針」は、自動車の数値目標の拒否、国民皆保険制度を守る、食の安全、ISD条項拒否、政府調達・金融サービスの条件も一応は付けたが、早くも腰砕けして、交渉参加の容認に回っている。
◆再選後のオバマ政権
2008年秋、オバマの「チェンジ」に世界がわいた。内需依存のグリーンニューディール、中国との融和、「核のない世界」…。
しかしアメリカ経済は好転せず、高失業率、1%と99%の格差社会化は深まり、GDP(需給)ギャップは先進国で最大化し、財政危機による政府支出の強制削減を迫られている。ギャップの解消は、過剰消費という「内需」に期待できなければ、外需(輸出)に依存するしかない。オバマの教育、中小企業、食の安全、住宅支援は内需拡大に繋がるかも知れないが、それが財政的に無理だとすると、経済成長はこれまた輸出にかけるしかない。
最大の財政負担は軍事費負担だ。21世紀に入り中国の台頭は著しく、2016年にはGDPでアメリカ、EUを抜くとされる。軍事的にも東シナ海、南シナ海を勢力圏におき、大平洋国家・アメリカを脅かすに至った。それに対してアメリカは軍事費を削減しつつ「焦点をアジア太平洋地域に移す」戦略にでた(キャンベル前国務次官補、朝日新聞2013年2月9日)。同時にこの地域での同盟関係を強め、軍事負担を肩代わりさせようとしている。
米中関係は極めて複雑である。今後長期にわたり、一方では「手を握る」が、他方では覇権争いをする。それが局面によって交互にでるだろう。前者では日本を飛び越して米中関係を強め、後者では日本を利用する。オバマ政権第1期には前者の面がでたが、第2期には後者の面がでている。
◆飛んで火にいる夏の虫
そこに登場したのが安倍政権だ。安倍政権は自ら集団的自衛権による日米同盟の強化を申し出た。今回の首脳会談でも、防衛費増、辺野古移転を約束した。こうして外交カードは全て切ってしまった。あとは「米日関係を活性化し強化するために最も役立つのは、対話の強化ではなく、安全保障問題に一層重点を置くことでもない。両国の経済関係をより開放」すること、すなわちTPPだ(キャンベル)。安倍は国家安全保障問題としてTPPを捉えるが、アメリカは経済問題としてTPPを捉え、日本を引きずりこんでアメリカ経済再生のエサにしようとする。同床異夢もはなはだしい。
図にアメリカの国際収支の主要項目を示した。財の貿易では大赤字だ。アメリカが農産物で勝てるのは日本しかない。日本の一本足産業であるクルマについては、前述のように対米輸出自主規制を強いる。
かたやアメリカのサービスと所得収支は21世紀に黒字を著増させている。所得収支とは海外投資収益の本国送金だ。サービスは知的財産権(特許、著作権、ソフト等)、所得収支はISDS(投資家・国家間紛争解決)条項に係わる。それがアメリカにとってのTPPの本命だ。
今年の大統領一般教書は「輸出促進、雇用創出」に加えて「アジア市場での公平な競争条件確保に向けてTPP交渉を妥結させる」とした。この「公平な競争条件」に係わるのが知的財産権とISDS条項である。安倍は農産物の「聖域」確保に汲々としているが、アメリカがTPPで狙うのはアメリカンスタンダードの国際標準化だ。中国もいずれ「社会主義市場経済」の「社会主義」を外す。その時にはアメリカ流国際標準を受け入れさせる。そのために今からアジアをアメリカ流国際標準で仕切る。そのためのTPPだ。
そういうアメリカにとって、安倍首相の今回の訪米は「飛んで火にいる夏の虫」だった。リップサービスだけでTPPの「業火」に日本を引きずり込める。
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◆参院選が勝負
しかし国民まで引きずり込まれてはならない。来る参院選に向けてTPPへの賛否をはっきり公約してもらう必要がある。そして参院選の鍵を握るのは農村部の一人区31議席だ。
自由化しつつ、そのアフターケアを講じることで農村の怒りをそらしてきたのがこれまでの自民党農政だった。しかしいまや日本の食料・農業・農村はぎりぎりの「持続可能性」を問われている。TPPでその大元を絶ってしまったら、いくらカネをつぎ込んでもダメだ。農村はもとより都市も含めて参院選では一人一人の候補者の覚悟、有権者の選択が厳しく問われる。
日米共同声明(2013年2月22日 外務省仮訳)
両政府は、日本が環太平洋パートナーシップ(TPP)交渉に参加する場合には、全ての物品が交渉の対象とされること、及び、日本が他の交渉参加国とともに、2011年11月12日にTPP首脳によって表明された「TPPの輪郭(アウトライン)」において示された包括的で高い水準の協定を達成していくことになることを確認する。
日本には一定の農産品、米国には一定の工業製品というように、両国ともに二国間貿易上のセンシティビティが存在することを認識しつつ、両政府は、最終的な結果は交渉の中で決まっていくものであることから、TPP交渉参加に際し、一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する。
両政府は、TPP参加への日本のあり得べき関心についての二国間協議を継続する。これらの協議は進展を見せているが、自動車部門や保険部門に関する残された懸案事項に対処し、その他の非関税措置に対処し、及びTPPの高い水準を満たすことについて作業を完了することを含め、なされるべき更なる作業が残されている。
(写真)
日米首脳会談でオバマ大統領と握手する安倍総理(首相官邸ホームページより)
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