(044)家畜の概念と恐竜2017年8月18日
「ジュラシック・ワールド」という映画をテレビで観た。シリーズ第4作であり、第1作から20年以上が過ぎていることに驚いた。内容は純粋に娯楽作品として楽しんだが、やや考えることがあり、出版年は古いが大きな価値がある3冊の本を紹介したい。
佐々木清綱・斎藤道雄『畜産学講義』の初版は昭和32(1957)年である。勤務先の大学の図書館には1969年の第11版がある。そこに「家畜とは生産または娯楽の目的で人類に飼養される動物である」(2頁)とある。さらに「地方の特有な立地条件によって、家畜とみなされているものもある」とし、インドやビルマにおける象や、シベリア地方における馴鹿(トナカイ)などが示されている。高度成長初期の日本の畜産を振り返ると、冒頭の定義がよくわかる。ちなみにワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を提唱したのは1953年である。
内藤元男他『新版畜産学』の初版は昭和50(1975)年である。その5頁では家畜を「広義の家畜(domesticanimal)」と「狭義の家畜(farmanimal,livestock)」に分け、一般論としては「人間が飼育し利用する動物」、「広義の家畜」の条件として、「(1)性質が温順で、人になれ、人間の生活環境に順応し、容易に繁殖しうる動物であり、さらに(2)として人の生活に役立ち、人の改良に応ずるもの」であることに加え、「狭義の家畜」には、これらの他に「農業上の生産に役立つ」という条件が加わるとしている。
門外漢の筆者にも興味深い記述がある。最初の象の例である。「たとえば象は、なれ、労役に使われて人の役に立が、ふつう、人の生活環境下では自由に繁殖せず、改良することもできないので広義の家畜にもはいらない」(5頁)と記されている。これは「ジュラシック・パーク」の原作が出版される15年前である。
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さて、畜産学全体の教科書として現在でも最初に挙げられるものは、水間豊他『新畜産学』、昭和60(1985)年であろう。その5頁では、さらに定義が明確になり、「家畜としての最小限の条件は『その動物の繁殖が人間の制御下にある』ということである」とし、さらに「『人間の利用目的に適するような形質・能力をもつように遺伝的に変化させられた動物』という条件が加えられることがある」としている。
同書では、家畜化を「野生状態で自然淘汰にさらされていた動物に対して、特定目的に向かって人為淘汰を行い、次第にその比重を移していく過程と解釈することができる」とし、同時に、「人間の管理から脱出した家畜が再野生化する例は家畜化が可逆的な過程であり、この付加条件に合致しない場合が生じる」とも記している。東日本大震災後の被災地、とくに帰還困難地域等で家畜が野生化したことなどはこの具体的事例である。
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興味深いことをいくつか指摘しておこう。
第1に、これら3冊の書籍はいずれも畜産を包括的に網羅している点で極めて重要な教科書である。言い換えれば、研究者・実務家にかかわらず、畜産に関わる人間は是非一度は読んでおきたい本である。近年のように畜産の各分野が個別細分化した状況の中では、とくに全体を見るという点で重要性が増している。出版から時間が経っているため、入手が難しいかもしれないが、機会があれば1冊でも一読をお勧めしたい。
第2に、これらを時代の流れを踏まえて読むと、最初に読んだ時とは別の点に気が付くことがある。畜産学における高名な研究者達が当時の最先端技術の進歩を横目で見つつ、どのような表現を用いて文章を記したかを想像するのは推理小説を読むようである。
第3に、恐らく現代の技術であれば、その是非はともかく、象を始めとしていかなる動物の生殖も人間の制御下に置くことは可能な時代が概ね到来しているであろう。ただし、水間ら『新畜産学』が指摘しているように、「農業の一分野である畜産が対象とする家畜は、基本的には農業生産に直接関与する農用動物であるが、広義には三者を含む場合もある」ということになる。この「三者」とは、農用動物、愛玩動物、実験動物である。
映画の恐竜は観賞用・愛玩用であったが、農業生産にも有用な恐竜が登場するようなケース、これは可能性としてはともかく、率直なところ考えたくもない。
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