【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第90回 不可欠だったむしろ(2)2020年3月5日

 東北の農家の囲炉裏のある部屋は、広い土間と広い板の間、台所からなる。なぜか知らないがその部屋には畳は敷かれていない。畳を敷いたら囲炉裏の火が飛んだりしたとき危ないからなのか、土間・台所があるので畳が汚れるからなのか、よくわからない。板の間は夏は涼しくていいのだが、冬はとてもでないが冷たい。また床板の上に直接座ると足が痛くなる。そのためだろうか、囲炉裏と流し台の周囲を除いて莚(むしろ)が敷かれる。ござ(イグサで織ったむしろ)が敷かれている家もあるが、それは高価なのでほんの一部の上層農家のみ、多くは稲わらでつくられたむしろだった。むしろはござと違ってざらざらしており、畳と違って薄いし、見た目や座った感じはよくないが、板の間に直接座るよりはましである。
 養蚕農家の場合にはそれ以外にもむしろが敷かれいる部屋があった。春から夏にかけて蚕室となる座敷で、蚕の時期は板の間となり、それが終わるとむしろが敷かれるのである。蚕を飼った後に畳が敷かれる部屋もあるが、蚕の飼われていない半年のために畳を敷くのはお金がもったいないこと、畳を敷いたりあげたりするのが面倒なことなどから、多くはむしろを敷いていた。
 のようにむしろは住居の敷物として使われた。
ここまで書いたらふと思い出したことがある。戦前のことだが、畳がなくてむしろを敷き、入り口には戸がなくてむしろがぶらさがっている貧しい農家が近所に一軒あった。なぜ今まで忘れていたのだろうか。無意識のうちに記憶から消そうとしていたのだろうか、不思議である。なお、今から60年も前の話になるが、むしろを戸の代わりに利用しているのを岩手の山村の炭焼きの住居でも見たことがある。それについてはまた別途述べたい。
なお、町場の家で畳のかわりにむしろを敷いている家は見たことがない。私が知らないだけなのか、町と村の所得格差のせいなのかよくわからないが、私は後者ではないかと思っている。
敷物用・住居用としてばかりでなく、むしろは荷物の包装材料としても使われた。とくに大きな荷物を梱包するのに用いられた。今のように紙やプラスチックのない時代、むしろは便利な物だった。柔軟に形を変えるので荷物に合わせて包装しやすく、一定の弾力性と厚みをもつので荷物の保護には適していたからである。商工業や都市生活においてもむしろは不可欠、何かあれば荒物屋に行って農家から仕入れたむしろを買ってきて使ったものだった。
 このむしろを二枚折りにして左右の端を縫い,袋状にしたものが叺(かます)である。これは穀物や桑葉などの容れ物として用いられたが、魚粕や石炭などの容れ物としても使われてていた。今はもうほとんど見られなくなっているが。
 
 このように生産生活両面で重要なむしろを、また叺を生産したのは、その原料であるわらを生産している稲作農家だった。野外での農作業の少なくなる冬期間、前回述べた縄綯いとともにむしろ編みをした。そのさい使うむしろ編み機だが、うまく説明できないのでネットで検索してみた。しかし、残念ながら私の生家にあったものとは若干異なる。生家にあったのは次回延べる菰編み機に似ていたので、そこで述べることにしたい。
考えてみたら、こうしたむしろ編みや叺作り、前々回述べた縄綯いなどのわら仕事もすべてむしろを敷いてそこに座ってやったものだった。むしろは農家の不可欠の仕事場だったのである。
ついでにいえば、子どもたちはむしろをままごとのお家として使った。庭や道ばた、空き地などにむしろを敷き、むしろの大きさをお家の大きさとし、玄関や部屋の配置を決め、玄関からお客役の子どもが履き物を脱いで入り、主人役の子どもからお茶やお菓子(葉っぱや小石)をごちそうになる等して遊んだものだが、そもそもむしろは畳以前の敷物としてその昔の住生活に欠かせないものだったとのこと、そんなこととは知らず遊んでいた。
町場の子どもたちもそういう遊びをした。むしろは非農家でも使われたので、家にあったからである。むしろは町の子にとってもなじみ深いものだった。もちろん、日常接している村の子とは比較にならないが。
「むしろ旗」、かつて農民は百姓一揆など闘いに立ち上がるとき、むしろに自分たちの要求を書き、それを竹に結わえて旗にして高くかかげ、領主など時の権力と命をかけて闘い、要求をかちとってきた。
なぜ「むしろ」旗だったのか。単に書くべき白布がなかったためなのか。それもあるかもしれないが、むしろを、そして稲わらを生産と生活をまもる柱として、農家・農業のシンボルとしてかつての農家は考えていたからなのではなかろうか。
かつてメーデーや米価闘争の時に農民組合や農協青年部の人たちのなかにむしろ旗を、掲げてくる人もいたが、見なくなってからもう半世紀近くになるだろうか。
どこに行ってもむしろは見られなくなった。それとともに村の人々は少なくなり、闘う力も弱まってきた。そして村々は、日本の農林漁業はいまや危機的状況、何とかしたいのだが。
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