所信表明への書信【小松泰信・地方の眼力】2020年10月28日
「私は、雪深い秋田の農家に生まれ、地縁、血縁のない横浜で、まさにゼロからのスタートで、政治の世界に飛び込みました」(2020年10月26日の菅義偉首相所信表明演説より)
公助を最後にしたのはなぜか
秋田魁新報(10月27日付)の社説は、菅氏の所信表明演説における最も注目すべき所として、「自らが目指す社会像として『自助・共助・公助』そして『絆』をはっきりと掲げたことだ」とし、「自助を最初に置き、公助を最後にしたのはなぜか」と問う。
「自助・共助・公助は元々、防災関係者が使っていた用語だ。友人や隣人らによる災害時の共助の重要性とともに、公助充実を訴える意味合いがあった。防災行政で自助と共助は、あくまでも公助の不足部分を補うものというのが基本的な考えだ」と説明し、菅氏の独自解釈が一人歩きすることで、「自己責任に重きを置く社会」になることを危惧する。
新型コロナウイルスの影響などにより「複合的な問題を抱えた生活困難層」が増加している中で、「自助を呼び掛けるのは適切とは言えない」と指摘し、「社会的に立場の弱い人々が声を上げづらくなることがないよう、しっかりと公助の行き届く仕組みづくりを進めなければならない」とする。異議なし。
「自助」だけで成り上がれたのですか
毎日新聞(10月27日付、西部朝刊)は、自助を強調するこの演説が、「現場で汗を流し、苦しみに寄り添う人たちにどう映ったのか」を紹介している。
「国民は既に自助努力をギリギリまでやっている」と、指摘するのは北九州市でホームレスの支援活動を長年続け、生活困窮者らを対象にした福祉施設建設を目指すNPO法人「抱樸(ほうぼく)」の理事長奥田知志(おくだ・ともし)氏(57)。
氏は、「『助けて』と言える社会を」と訴え続けているが、「(3つの助を)序列化するのではなく、自助の横で共助と公助が支える並列の概念にすべきだ。そうでなければ強い人しか生き残れず、困窮者を『自助努力が足りない』とバッシングする自己責任論社会を助長するかもしれない」と、警告する。
「本当に地方から出てきた『たたき上げ』なのであれば、一人で成り上がったのではなく、多くの人が応援したからだと思う。そうであれば、首相には自分がしてもらったことを皆にしてほしいし、経験を政策に生かしてほしい」と、凄みのある言葉を穏やかに語っている。
必要な被災地「共助」の支援
「この夏、熊本をはじめ全国を襲った豪雨により、亡くなられた方々の御冥福をお祈りし、被害に遭われた皆様に、お見舞いを申し上げます。(中略) 自然災害により住宅に大きな被害を受けた方々が、より早く生活の安定を図ることができるよう、被災者生活再建支援法を改正し、支援金の支給対象を拡大いたします」とも、演説した。
同じく毎日新聞には、福岡県を拠点に災害ボランティアを続けるNPO法人「日本九援隊」理事長の肥後孝氏(52)の「政府はコロナ禍にあっても『Go Toキャンペーン』で各地に人を送っているのに、なぜ被災地に安全にボランティアを送る仕組みさえ作ろうとしないのか」と、疑問を呈している。
熊本県では、新型コロナウイルスの感染防止のために県外ボランティアの受け入れが制限され、被災地にメンバーを十分に送り込めない状況が続いている。「被災地に『自助』は不可能だ。政府による『公助』が行き届かないならば、ボランティアなどの『共助』を支援すべきなのに、それさえもしない。被災地を見捨てているようなものだ」と、肥後氏は怒りを隠さない。
ひとつ覚えのインバウンドと農産品輸出
「観光や農業改革などにより、地方への人の流れをつくり、地方の所得を増やし、地方を活性化し、それによって日本経済を浮上させる」として、インバウンドと農産品輸出に期待を寄せている。しかし、市井の人びとは、他国依存の国づくりの危うさをコロナ禍から痛いほど味わっている。国政を預かるものが、他国依存からの方向転換を示すことなく、地方の活性化を語ることは、現場知らずのミスリードも甚だしい。取り巻きも含めて、為政者の最低要件を満たしていない。
日本農業新聞(10月27日付)の論説は、安倍前政権下での農業改革を継承するならば、「その功罪を検証し、何を継承し、何を継承せず、何を是正するのか示す」ことを求めている。
コロナ禍によって、農畜産物の応援消費や貧困家庭への食材の提供など助け合いが広がったことを取り上げ、「社会の基調を、競争から協調、協力、協働に転換するときではないか。新たな社会のグランドデザインも示してほしい」と訴える。
シンガポールと大阪市から学ぶ
演説では、案の定、他国依存の象徴である「食料自給率38%」についての言及はなかった。
10月18日付の同紙は、シンガポールが現在10%の食料自給率を、2030年までに30%にする目標を立てたことを伝えている。その理由はもちろん、コロナ禍によって、マレーシアやフィリピンなど近隣国からの輸入が滞り、9割を他国に依存することの危うさが改めて浮上したからだ。
この記事を読んだとき、「日本の食料自給率向上戦略」に関心が向かうのか、「シンガポールへの輸出戦略」に関心が向かうのか、「国民のために働く内閣」やったら、どっちやねん。
と、思わず慣れぬ関西弁を使ったが、関西と言えば、11月1日に「大阪市廃止」をめぐる住民投票が行われる。よそ者は口出しすな、という声もあるかもしれないが、今後の地方都市のあり方を考える上で極めて重要な問題である。
結論から言えば、「廃止は反対」。その理由は、「地方自治法や住民投票の根拠である大都市地域特別区設置法に大阪市を復活させる規定はない。都構想の推進側は住民投票で敗れても何度でも挑戦できるが、反対派は一度負けたらゲームオーバーだ」(片山善博(かたやま・よしひろ)氏、早大大学院教授、専門は地方自治論。毎日新聞10月24日付)という指摘に依拠している。
ひとつの自治体の廃止という取り返しのつかない事項を決するうえでは、そこに住む人々の大多数(直感的に言うと、有権者のせめて7割以上)が廃止の意向を持つことが不可欠の要件と考える。複数の意向調査からは、僅差とのこと。
僅差で廃止された結果残るのは、無残にもズタズタに切り裂かれた大阪人の心。それで未来に顔向けできますか?
「地方の眼力」なめんなよ
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