コッペパン【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第146回2021年4月29日
先日、近くの生協ストアに買い物に行った時、珍しいものを見つけた。コッペパンを売っていたのである(他の店舗、他の地域にはあったのかもしれない、もしそうてあれば私の視野の狭さでしかないのだが)。何十年ぶりだろう。あれほどかつてなじんでいたのにすっかり忘れていた。
戦時中の米不足時代、麦は米の増量材(麦ご飯)として、代用食として重要視された。すいとんがその代表的なものだが、コッペパンもそうだった。すいとんは昔からあったものだが、コッペパンは戦時中に考案されたものなのだそうである。私たち世代、戦後世代にはなじみの深いものだが、いつごろからかいわゆる食パンが普通になり、知らないうちに目につかなくなっていたのである(私が気がつかなかっただけではないと思うのだが)。若い方はご存じだろうか。片手で持てる大きさで、紡錘形(円柱状でまん中が太く、両端がしだいに細くなる形)で底が平たいパンである。
戦時中は、それが米の代用品として配給されたこともあるが、私の食べたそのコッペパンはごつごつして固く、本当にまずかった。
戦後はさらにきびしい米不足、アメリカからの緊急援助や輸入で入ってきた小麦粉が食卓にのぼるようになり、それを原料とするコッペパンも大量に生産されて食卓に供給されるようになった。私の場合は農家だったのでそういうことはなかったが、おやつなどとして食べたものだった。戦中と違って柔らかく、甘味もあっておいしかった。
1954(昭29)年に入った大学の寮生活では、毎日麦ご飯だったが、日曜の朝食だけはコッペパンと牛乳だった。また、お腹がすくと売店でコッペパンを買い、マーガリン(バターは高価で食べられなかった)を塗って食べたものだった。米は配給制、自由に買ってご飯を炊いて食べるわけにはいかなかったし、しなそば(ラーメン)は50円、かけそば30円、これに対してコッペパン10円+牛乳10円、貧乏学生(アルバイトの日当200円)のふところでは、これがもっとも安上がりにお腹をふくらませることができるものだった。
このコッペパン+マーガリン、牛乳(これまたアメリカから輸入された脱脂粉乳入り)がアメリカ的文化的食生活として宣伝され、都市の家庭に普及していった。
また1957年から完全給食となった学校給食では、全国的にこのコッペパン+脱脂粉乳スタイルが採用されるようになった。
こうしてパン食が全国的に普及していった。
でも、このコッペパンがきらいな子どももたくさんいた。私の娘と息子もそうだった。しかし食わないわけにはいかない。先生から怒られるからである。給食は苦行だったという。
あるとき家内がランドセルの底にパン屑がたくさん入っていたのを見つけ、息子に聞いたところ、給食のとき家に帰ってから食べるからとコッペパンだけランドセルに入れて帰る、それを途中の家の犬にあげる、犬は毎日そのパンを楽しみにして待っており、大の仲良しになっているとの話、家内は怒るに怒れず、笑うしかなかったという。
店でもコッペパンを売っていた。コッペパンの背に包丁で切り込みを入れ、マーガリンやクリーム、野菜などを入れてサンドイッチ風にしたものも売られるようになってきた。安くて手軽、まさに庶民の常食となつた。
さすがに農家はコッペパンを主食として食べるということはなかった。しかし農作業の合間のおやつとして食べるようになっていた。
いつごろからだろう、いわゆる食パンがコッペパンにとって替わり、トースターが台所におかれるようになったのは、そしてコッペパンを見かけなくなったのは。
戦後の貧乏人のお腹を満たし、食パンの先駆けとしてパン食普及に大きな役割を果たし、日本の米麦生産、食生活に大きな影響を及ぼしたコッペパン、それを失念していたとは。いくら年齢とはいえ困ったものである。
それはそれとして、次に生協ストアに行ったときに見たら、やはりコッペパンがおいてあった。家内もなつかしいと言う。しばらくぶりで食べてみようということになり、背中に切れ目を入れてピーナッツクリームを挟んだコッペパンを買い、お昼ご飯に食べた。相変わらずの独特の甘み、匂い、食感である。この甘さが砂糖不足時代には受けたのだろう。でもくどすぎる、おやつとしてたまに食べるのはいいかもしれないが、主食としてはあきてしまう、匂いも臭いになってしまう。ということで子どもたちに嫌われるようになったのではなかろうか。
今の私たちも、また買って食べようとは思わない。でも、戦中戦後の食糧危機、アメリカの小麦戦略を思い起こすために年一度くらいは、菓子代わりのおやつとして買って食べてみてもいいかなとも思っている。
ところで、生協のコッペパンは1個80円(消費税抜き)だった。私の若いころ(65年前)の8倍になるが、学生バイトの日当は当時200円、現在8000円で約40倍、つまりコッペパンは実質値下がりしている、これをどう考えるべきか、これは後の課題として残しておくことにしよう。
重要な記事
最新の記事
-
米の作況指数の公表廃止 実態にあった収量把握へ 小泉農相表明2025年6月16日
-
【農協時論】米騒動の始末 "瑞穂の国"守る情報発信不可欠 今尾和實・協同組合懇話会委員(前代表)2025年6月16日
-
全農 備蓄米 出荷済み16万5000t 進度率56%2025年6月16日
-
「農村破壊の政治、転換を」 新潟で「百姓一揆」デモ 雨ついて農家ら220人2025年6月16日
-
つながる!消費者と生産者 7月21日、浜松で「令和の百姓一揆」 トラクターで行進2025年6月16日
-
【人事異動】農水省(6月16日付)2025年6月16日
-
3-R循環野菜、広島県産野菜のマルシェでプレゼント 第3回ひろしまの旬を楽しむ野菜市~ベジミル測定~ JA全農ひろしま2025年6月16日
-
秋田県産青果物をPRする令和7年度「あきたフレッシュ大使」3人が決定 JA全農あきた2025年6月16日
-
JA全農ひろしまと広島大学の共同研究 田植え直後のメタンガス排出量調査を実施2025年6月16日
-
生協ひろしま×JA全農ひろしま 協働の米づくり活動、三原市高坂町で田植え2025年6月16日
-
JA職員のフードドライブ活動で(一社)フードバンクあきたに寄贈 JA全農あきた2025年6月16日
-
【地域を診る】「平成の大合併」の傷跡深く 過疎化進み自治体弱体化 京都橘大学学長 岡田知弘氏2025年6月16日
-
いちじく「博多とよみつひめ」特別価格で予約受付中 JAタウン2025年6月16日
-
日本生協連とコープ共済連がともに初の女性トップ、新井新会長と笹川新理事長を選任2025年6月16日
-
【役員人事】日本コープ共済生活協同組合連合会 新理事長に笹川博子氏(6月13日付)2025年6月16日
-
【役員人事】2027年国際園芸博覧会協会 新会長に筒井義信氏(6月18日付)2025年6月16日
-
農業分野で世界初のJCMクレジット発行へ前進 ヤンマー2025年6月16日
-
(一社)日本植物防疫協会 第14回総会開く2025年6月16日
-
農業にインパクト投資を アンドパブリックと実証実験で提携 AGRIST2025年6月16日
-
鳥取・道の駅ほうじょう「2025大大大スイカフェスティバル」22日まで開催中2025年6月16日