わが国の農業構造政策と農業基本法【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第156回2021年7月15日
1960年代、日本は他の先進資本主義国と同様に構造政策を展開することになるが、その基軸となったのが戦前からの繊維等の軽工業中心の日本の産業構造を石油を機軸とする重化学工業中心へと大きく変えることだった。そのためには農業構造の変革も必要であるとして制定されたのが農業基本法であった。

この法律の中心となったのは、手労働中心・畜力段階にある低い生産力を基礎とした一戸平均1ヘクタールという零細なわが国の農業構造を、生産性の高い近代的な経営が担う農業構造に改めるということにあった。そのために土地基盤整備、大型機械等の近代化施設の導入、選択的拡大などを先駆的に導入しようとする地域に対し、国が補助や融資を行うとした。そして資本の高蓄積と開放経済体制に対応できる農業構造にしようとしたのである。
すなわち、農村部にある労働力を大量に農外に流出させて低賃金で雇用し、それを基礎に高度経済成長を進めたい。そのために機械化・省力化を進めて農業に必要な労働力を少なくし、多くの農家に農地を手放させて離農させ、その農地を一部の農家に集中して規模拡大させ、それによってコスト低下も図り、また工業との所得格差をなくしていく、というものだった。そしてこうした一部の育成すべき農家を基本法は「自立経営」と呼んだ
ここでいう「自立経営」とは、正常な構成の家族のうちの農業従事者が、正常な能率を発揮しながらほぼ完全に就業することができる規模の家族農業経営で、当該農業従事者が他産業従事者と均衡する生活を営むことができるような所得を確保することが可能なもの、稲作であれば水田2ヘクタール経営が自立経営だとし、さらには企業的農業を育成していくとした。
そのためにはこうした自立経営に土地を集中しなければならない。つまり自立経営を目指す農家に、それ以外の零細農家が農業をやめて農地を売却もしくは貸し付けてもらう必要がある。ということは自立経営以外の農家は農業をやめろということであり、こうしたことから構造政策は小規模農家の「首切り」政策だと当時いわれたものだつた。
同時にこの構造政策は、戦前から続いていたわが国の農業問題を解決しようとするきわめて積極的な意義ももっていた。
過剰ともいえる大量の人口が農村に滞留して零細な経営面積にしがみつき、苦役的ともいえる過重労働に従事し、しかも貧しかったという問題を解決しようとするものでもあったからである。
そしてまた、変化しつつあった消費動向に対応して、わが国の農業で弱かった畜産・園芸等これから需要の伸びるであろう作目・部門を選択的に拡大、振興しつつ、農業総生産の増大を図っていく。それによって再び拡大しつつあった農工間、都市農村間所得格差をなくしていこうとするものでもあった。
このように二つの側面をもっていたが、その本質はやはり農村からの労働力流動化にあった。
さらに大きな問題は、この政策が農産物の輸入自由化、とくにアメリカからの農産物の輸入拡大、つまり食糧自給政策の後退を前提としていたことである。ここに他の先進諸国との大きな違いがあり、それがこの後の地域農業の衰退の大きな原因となったのであるが、この後退はすでに1950年代のアメリカからの小麦などの輸入で始まりつつあった。さきに述べたように、アメリカは1951年にMSA(相互安全保障法)を制定して余剰農産物を処理しながら各国の食糧支配を強化してきたが、54年には余剰農産物処理法(PL四八〇法)を制定してさらに農産物の輸出を拡大しようとし、日本の政財界はそれに応えてアメリカ農産物を積極的に輸入することにしたのである。
こうして始まったアメリカへの食料依存は新日米安保条約体制に入った1960(昭35)年から本格化することになり、61年に制定された農業基本法、それにもとづいて展開された農業構造政策はその依存を前提としたものだった。
そして日本政府は、アメリカの要求に応じて貿易自由化を進めるようになった。これが東北はもちろん日本の農業構造を大きく歪め、山村の場合はそれに加えての石油依存、外材依存の政策展開による林業の衰退が加わって農林業は壊滅し、過疎化が激しく進んでいくことになるのである。
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