搾乳の機械化と規模拡大の進展【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第233回2023年3月30日
乳搾りを機械がやる、それを初めて聞いたときには驚いたものだった。
搾るときのあの微妙な人間の指の動き、それを機械がやれるだろうか、牛が嫌がらないだろうか、傷ついたり乳房炎になったりしないだろうか。
そんな疑問をもったのだが、まったくの杞憂だった。大学の農場で初めてその搾乳機、通称ミルカーを見たのだが、牛はおとなしく搾らせていた。
ゴム製のチューブが内側についたステンレス製の細い管(カップ)を四本、乳頭につけ、そのカップの内部を電気の力で真空にし、また乳頭を圧迫して乳を吸い出す、その乳をカップの先についたホースで乳の貯留器具に送るのだというのだが、よくもまあ考えたものである。衛生面でも大丈夫とのことだ。しかも1頭当たり5分で絞れるという。
これなら飼育頭数を増やすことができる。低乳価を補うための多頭化を迫られていた酪農家は政府の勧めに応じてこのミルカー導入を考えざるを得なくなってきた。
一方、乳業会社は、牛乳の細菌数など乳質を厳しく言うようになり、牛乳の貯蔵タンクと冷却機を組み合わせたバルククーラーの導入を半ば強要した。
そこで酪農家はミルカーとバルククーラー、それをつないで乳を自動的に送るパイプラインを導入することにした。
畜舎にあるミルカーと貯蔵施設にあるバルククーラーをパイプでつなぎ、やはり電力でパイプを真空にして搾った牛乳をバルククーラーに送り、そこで急速に冷却して乳質の劣化を防ぎ、貯蔵して、それを乳業メーカーの集乳車に引き渡すようにせざるを得なくなったのである(それに対応できない農家は酪農をやめるしかなかったのだが)。
それでこのパイプラインミルカーが1970年前後から急速に普及し、搾乳にかかわる作業は道具、器械の段階を経ることなく手作業から一気に機械段階へと進むことになった。
それと同時に牧草等飼料作物の栽培にかかわる機械化も進展した。
そしてそれらは大幅な省力化と、一戸当たり飼育頭数の多頭化を可能にした。実際に多党化が急速に進んだ(注1)。
農業の機械化自体は大きな進歩だった。
しかしそれは農業の資源環境保全的性格が弱まり、農業が地球温暖化を始めとする環境問題の加害者の一員となったことを意味するものでもあった。
さらにそれは、意外な弱点をもっていた。電気などの動力源がなければ農業ができなくさせられたのである。光源、熱源としての電気ばかりでなく、動力源としての電気も不可欠となってきたのである。酪農における搾乳などはその典型であり、その問題点が明らかになるのは大震災のときだった。それを次に見て見よう。
岩手県北上山地北部のK町で酪農をいとなむNさんご夫婦のお宅でも1971(昭46)年にミルカーを導入した。20歳代だったお二人は旧来の自給的畑作経営から脱却し、山間地に適した酪農経営を発展させようとしてきたのだが、時代の変化に対応して多頭化すべく導入したのである。
そしてこのミルカー導入を契機にこれまでの3頭(うち搾乳2頭)飼育から5頭(うち搾乳3頭)に拡大(注2)した。
さらに、78(昭53)年には近隣の意欲ある酪農家5戸と共同で大型トラクターなどの飼料作物にかかわる機械を導入し、作業も共同で行うことにした。こうして飼料作にかかわる経費節減と省力化も図り、やがて80年ころには約60頭(うち搾乳約30頭)を飼育するにいたった。
しかし、労働力は二人だけ、やはり限界、60歳を過ぎるころから徐々に頭数を減らしてきたが、それでもあの日、2011年3月11日には、経産牛37頭(うち搾乳牛28頭)、育成牛10頭、合計47頭を飼育していた。これだけの頭数だと仕事が大変なのだが、3月はいまだ寒いK町、畑や草地など外での仕事もないので、朝の搾乳を終えた後夕方の搾乳までの時間、二人はゆっくり家の中で休んでいた。
そこに、あの地震が襲ってきた(この続きは次回とさせていただく)。
(注)
1.当時は農業構造政策が展開されたころ、農政は当初5頭飼えば家族労働力で他産業並みの所得が得られる自立経営になれると規模拡大を指導したものだった。そのことについては前に下記の本コラムで述べたので、必要があれば参照されたい。
本稿2021年8月19日掲載 第159回「選択的『(赤字)拡大」。
https://www.jacom.or.jp/column/2021/08/210819-53321.php
本稿2021年8月26日掲載 第160回「ゴールなき規模拡大」参照。
https://www.jacom.or.jp/column/2021/08/210826-53499.php
2.本稿2023年1月19日掲載 第223回「酪農の機械化・施設化と『混同農業』の崩壊」参照。
https://www.jacom.or.jp/column/2023/01/230119-64138.php
重要な記事
最新の記事
-
【注意報】普通期水稲に紋枯病 県内全域で多発のおそれ 長崎県2025年9月5日
-
「適正な価格」の重要性 消費者に訴える 山野全中会長2025年9月5日
-
米価暴落防ぐ対策を 小泉農相に小松JA秋田中央会会長2025年9月5日
-
(451)空白の10年を作らないために-団塊世代完全引退後の「技術継承」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年9月5日
-
【統計】令和7年産一番茶の荒茶生産量 鹿児島県が初の全国一位 農水省調査2025年9月5日
-
【統計】大豆生産費(組織法人)10a当たり0.7%増 60kg当たり1.6%増 農水省調査2025年9月5日
-
【統計】大豆生産費(個別)10a当たり0.8%増 60kg当たり10.7%減 農水省調査2025年9月5日
-
【統計】冬キャベツ、冬にんじんの収穫量 前年比2割減 農水省調査2025年9月5日
-
長野県産ナガノパープルのスイーツ「いっちょう」「萬家」全店で提供 JA全農2025年9月5日
-
『畜産酪農サステナビリティアクション2025』発行 JA全農2025年9月5日
-
「国産シャインマスカット」全国のファミリーマートで販売 JA全農2025年9月5日
-
「わたSHIGA輝く国スポ2025」参加の広島県選手団へ清涼飲料水贈呈 JA共済連広島2025年9月5日
-
「いちはら梨」が当たるSNS投稿キャンペーン実施中 千葉県市原市2025年9月5日
-
猛暑対策に高性能遮熱材「Eeeサーモ」無料サンプルも受付 遮熱.com2025年9月5日
-
農機具王とアグリスイッチ 構造再編をチャンスに「週末農業プロジェクト」始動2025年9月5日
-
鳥インフル ハンガリーからの生きた家きん、家きん肉等の一時輸入停止措置を解除 農水省2025年9月5日
-
旬の巨峰を贅沢に「セブンプレミアム ワッフルコーン 巨峰ミルク」新発売2025年9月5日
-
見る日本料理の真髄「第42回日本料理全国大会」開催 日本全職業調理士協会2025年9月5日
-
海業推進イベント「IKEDAPORTMARCHÉ」小豆島・池田港で初開催 池田漁業協同組合2025年9月5日
-
ガラパゴス諸島の生物多様性保全と小規模農家の生計向上事業を開始 坂ノ途中2025年9月5日