愚策インボイス 波風立てなきゃ変わらない【小松泰信・地方の眼力】2023年9月27日
「農業の基本的な性格は成長よりも安定、拡大よりも持続、競争よりも共生だと、私は思っています。小さな百姓がたくさんいて、地産地消、地域循環で農業をやっていく、今こそ私は声を大にして言います。『農の時代がやってくる』」(「日本人は農なき国を望むのか~農民作家・山下惣一の生涯~」NHK総合9月23日放送)

農家になんてならなければよかった
山下氏の願いも容易には叶わぬ夢か。農業の行く手に、インボイス制度という暗雲が垂れ込めている。
毎日新聞(9月27日付)は、「取引先が多く、帳簿管理がとてもできない。インボイス制度に登録しなければ農作物は持ってくるな」と、この3月、自宅に来た取引先の農産物加工販売会社の担当者から一方的に告げられた、千葉県富里市の農家、田口政男氏を紹介している。落花生やニンジンなどの野菜を生産して40年になるが、「インボイス(適格請求書)制度で暮らしが一変しそうだ」とのこと。
年間売上高が1000万円以下の消費税の免税事業者であるため、インボイス制度に登録するには、納税義務のある課税事業者に転換しなければならない。取引先が転換を求めたのは、課税事業者でないと、買い手が売り手に支払った代金の消費税分が控除される「仕入れ税額控除」が受けられなくなるから。転換は任意だが、「この取引がなくなれば生活ができなくなる」と考え、すぐにインボイス制度に登録した。
ところが、「課税事業者になっても、取引価格はこれまで通り」と業者からの通知。消費税分を新たに自己負担する必要があるため、10月以降は「持ち出し」となる。制度導入後3年間は税法上の特例措置があるものの、新たに年約5万円の税負担が発生するという。「うちは円安に伴う経費増加分を農作物の価格にまだ転嫁できていない」ため、課税事業者となることで税負担が増し、「経営は一層厳しさを増しそうだ。農家になんてならなければよかった」と嘆く。
「農家になんてならなければよかった」と言わせるインボイス制度。その罪は重い。
多くのメディアは黙殺しているが、全国各所から抗議や反対の狼煙は上がっている。
例えば、「インボイス制度を考えるフリーランスの会」(STOP!インボイス)が呼びかけているオンライン署名は、9月27日9時46分時点で538,167人に達し、日本のオンライン署名の最多を更新中。
国民の暮らしは火の車
日本世論調査会による「『暮らしと経済』世論調査詳報」(東京新聞9月24日付。全国男女3千人が調査対象。8月7日から9月19日に郵送法で実施。有効回答数1717)で注目したのは次の7項目。
(1)今の景気について、大別して「良くなっている」20%、「悪くなっている」80%。
(2)岸田政権発足前(2021年10月)と比べて、家計の状況は、大別して「良くなった」3%、「変わらない」39%、「苦しくなった」58%。
(3)岸田政権発足前と比べて、収入増の実感は、大別して「実感がある」11%、「実感はない」88%。
(4)今後も全体として賃上げは続くと思うかについては、「続くと思う」28%、「続かないと思う」71%。
(5)各種値上げが生活に及ぼす打撃については、大別して「打撃になっている」93%、「打撃になっていない」7%。
(6)アベノミクス路線の継続については、大別して「賛成」32%、「反対」66%。
(7)岸田政権が個人のお金を貯蓄から投資に回すよう促していることについては、「貯蓄から投資に回したい」19%、「回したくない」21%、「余裕がないので投資に回せない」59%。
これらの調査結果を見れば、国民の「暮らし」がいかに大変な情況であるかは明らかである。この情況に、悪名高きインボイス制度が襲いかかれば、少なからぬ人や組織は命脈を絶たれる。それが見えない、分からないとすれば、「お前はもう死んでいる」。
Rock the boat!(波風を立てよう!)
毎日新聞(9月21日夕刊)で英国在住の作家・ブレイディみかこ氏は、「rock the boat」(ボートを揺らす)、つまり「波風を立てる」というフレーズを用いて、「(略)物事を良くするには、揺らすことが必要。国って、そうやって動いていくものです。日本は、ガンガン揺らしていかないといけない時期に来ている」と語っている。
それは、2012年のロンドン・オリンピックを契機とした再開発計画をめぐり、住む場所を追われたシングルマザーたちが公営住宅の空き家を占拠した14年の実際の事件から得た教訓。普通の子持ちのお母さんたちの行動が、英メディアで大きく取り上げられ、シングルマザーたちを応援する声が拡大していった。
翻って、今の日本についての感想は「運動なんかしたって何になるの?という人がすごく多いような気がする」とのこと。さらに、「社会運動に対する偏見」の存在を示唆しながらも、大正期の米騒動や1948年に結成された「主婦連合会」によるデモ活動などを挙げ、「運動を今やっていないことがむしろ問題です。
日本でも100年前と比べたら権利を与えられるようになったけれど、それはしゃもじを持ったお母さんのように、誰かが闘ってきたからです。誰かが騒ぎを起こしてきたから、運動してきたから、今がある」と熱く語る。そして、「いつまでも、(政治家の)おじさんたちに何とかして、と言ってるだけではダメ。地べたで行動しないと」と檄を飛ばす。
対馬市長の判断に拍手
悪い予想が外れて取りあえずホッとしている。9月27日早朝から、長崎県対馬市の比田勝尚喜市長が、「核ごみ調査反対 27日の定例市議会で表明へ」という報道を知ったからだ。長崎新聞(9月27日10時17分配信)によれば、文献調査を受け入れないと判断した背景として、市民の「分断」や1次産業への風評被害などの懸念、そして市議会の採決結果が僅差だったことなどがあげられている。
その判断にまずは拍手を送りたい。そして、反対運動に取り組まれてこられた方々に敬意を表したい。
ただし、来年3月3日は市長選の投開票日。狙った獲物は逃がさない。反対派の切り崩しを画策してくる連中が、札束を頭に描きながら爪や牙を研いでいることは容易に想像できる。絶対に、目先の20億円で島の未来を売り渡すべきではない。腰を据えて、「持続的な対馬圏の構築」に向けて検討を始めるべきである。
豊かな第1次産業をかかえる対馬市にとって、冒頭紹介した山下氏の考え方は、極めて示唆に富んでいる。
「地方の眼力」なめんなよ
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