日本は「資源小国」?【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第276回2024年2月1日

日本は「資源小国」であるという言葉、これは明治以降繰り返し繰り返し言われてきた。そして、その言葉を前提にすると、その後に続く言葉の内容がどうかは別問題として、それに納得してしまうという国民性がつくられ、それがさまざまな問題を引き起こしてきた。
戦前の場合は次のように言われた。日本は国土が狭い、だから資源がない、一方で人間が多すぎる、だから貧乏なのだと。それを解決するには、資源が豊富にあるにもかかわらず利用しないで放置しているアジアの諸国を開発してやって、日本に資源を、あるいは生産物をもってくるより他ない、そう言って満蒙開拓だと中国を侵略し、さらにアジアの諸国を侵略して植民地にしてきた。
この反省から、戦後の一時期こんなことが言われた。オランダやスイス、あんな小さな資源のない国で食糧を自給し、平和に生きている、これに学び、農業を基礎にした豊かな平和な国をつくろうと。
ところが、1960年ころから戦前と同じことが言われるようになってきた。日本は資源がない、耕地も狭い、人口が多いと。ただ、ここからが戦前とは違う、だから石油などのエネルギーや鉱物資源、そして食糧を輸入しないわけにはいかない、そのかわりに製品を輸出しなければならない、そのためには貿易自由化がどうしても必要だ、資源小国日本が生きていくためにはそれしかないと言うのである。そして自由化を進め、今まで述べてきたような農業の衰退を、またさまざまな問題を引き起こしてきた。
しかし、本当にわが国に資源はないのだろうか。まずわれわれの生存の基礎である農業に関連する資源から考えてみよう。
農業の基礎である土地資源についてみれば、たしかに日本は国土が狭い(中国やアメリカ、ロシアなどに比べての話だが)。しかも傾斜地の多さから耕地にできる場所は限られており、耕地率は低い。この点からいうと資源が少ないといえる。
しかし、問題はその土地の中身だ。いくら土地が広くとも、砂漠地帯ではどうしようもない。いくら耕地が広くとも、寒冷乾燥地帯のように土地生産性が低かったらどうしようもない。
ところがわが国の土地には豊かな太陽エネルギーが付随しており、つまり光、熱、水、季節性等に恵まれており、土地の能力はきわめて高い等々、農業資源に恵まれている。
林業についても同様だ。モンスーン的風土であることから森林の再生力はきわめて高く、豊かな緑に恵まれ、しかも日本の地理的位置と標高差の激しさから針葉樹から広葉樹まで多様な生産が可能である。
漁業についていうならば、わが国は四つの海に囲まれ、親潮、黒潮、流氷等が流れ、海岸線は複雑に入り組んでおり、きわめて豊かな海に恵まれ、多種多様の魚介類の生産が可能であり、日本沿岸は世界三大漁場の一つになっているほどである。そして日本は世界に冠たる水産国となっている。
このように日本は世界でもまれに見る豊かな生態系、農林漁業資源に恵まれており、これでどうして日本は資源が少ないなどと言えるのだろうか。
しかもそれを生かすことのできる勤勉な人々がいるのである。
さらに次のことも忘れてはならない。そもそも農業資源は鉱物等の枯渇性資源とは異なることである。
石油、石炭、鉄鉱等はその埋蔵量が決まっているので、いくら技術が進んでも、一年の採掘量を増やすことはできても、埋蔵量以上に生産量を増やすことはできない。
これに対し、土地、太陽エネルギー等の農業資源は枯渇しない。
それどころか、その活用のしかたによって、つまり技術革新によって生産量を増やすことができる。
たとえば土地が少なければそれを何回転もさせて利用すればいい。つまり二毛作・輪作・間作もしくはその新たな体系を確立すればいい。それは十分に可能である。
また、10a当たりの生産量を高めればよい。現に、稲作技術の進展は限られた土地から多くの生産をあげることを可能にしてきた。ところが自由化政策はそうした可能性の追求を妨げてきた。そこにこそ自給率の低下、海外の農地への依存の根源があるのである。
また次のことも考えなければならない。資源に制約があるといいながらその資源を活用せずに生産力を低め、農地等の潰廃を進め、それがまた輸入依存を進めてきたことだ。たとえば麦、大豆等は輸入に依存することにしてその技術開発に力を入れず、さらにかつて麦、豆をつくっていた農地を潰し、自給率を低下させきた。こうしておいて自給は無理だなどというのはおかしい。
このように農業資源の性格を見ずに、これまでの政策のありかたの反省なしに、資源には制約がある、自給は無理だと決め付けるのは輸入を正当化するための論議でしかなかった。林業、漁業資源については省略するが、基本的には同じことがいえる。
そうはいっても日本の農林水産物の価格は外国よりも高い、世界でもっともコストが高い、それで資源に恵まれているといえるのかという反論もあろう。
しかし、日本の農林水産物の生産性が低いから、資源がないから日本の農産物が高価格なわけではない。円高ドル安だったから、また途上国が低賃金だから、外国の農林水産物が安くなっていたのである。
このこと一つをとってもわかるように、日本の農地の狭さ、生産性の低さが、つまり土地を始めとする農業資源の少なさが高価格を引き起こしているわけではないのである。
もうそろそろ日本人もこんな話から卒業してもいいのではなかろうか、卒業式も近いことだし。
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