生産優先だった農家の家屋【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第305回2024年8月29日
その昔の農家の家屋のつくりは、生活よりも生産が優先されていた。 たとえば広い土間は、雨や雪のときの、また冬の、仕事の場としてもつくられたものであった。冬の夜の綯わないなどはその典型で、土間にむしろを敷き、いろりの火の暖かさを利用して作業効率をあげたのである。
養蚕農家の住まいは、蚕を飼う時期になると、それまで座敷として人間が利用していたところが蚕室になった。畳があげられて板の間となり、そこで蚕が飼われるのである。人間様の住むところよりも蚕の住むところがまず確保される。そして蚕は炭火などの暖房がおかれた暖かい部屋で過ごす。まさに「おごさま(お蚕さま)」であった。この季節に養蚕農家だった母の実家に泊まりに行くと、蚕が桑の葉を食べるカシャカシャという音が気になってなかなか眠れなかった。一匹が食べる音は当然小さいが、何千匹となるとけっこうすさまじい音になるのである。
宮城県南や福島、山形内陸などの養蚕地帯では独特の形をした二階建ての家が見られたが、この二階は生活のためではなく、蚕の飼育のためであった。地域によっては家畜といっしょの住まいだった。岩手県の南部曲がり家などはその典型だが、曲がり家は福島会津や山形置賜の山村などにもあった。お金さえあれば農業用建物と生活用建物との二つつくることもできたであろうが、そんなことはできるわけはなかった。そして農業の機能性の追求が先になり、人間の生活は犠牲になったのである。
もうかなり前のことで正確ではないが、京都に住む女流華道家がある新聞の随筆欄に次のようなことを書いていた。京都の家の間口は狭い。しかし奥行きがある。つまり家の表は飾らずにつましい。しかし家の奥は広く、豊かである。そしてその広さ、豊かさを表に出さない。これは京の人の奥床しさ、心の深さを示している。表面だけよくて中味のない人たちとは違うのだと。それを読んだときに、思わず次のような言葉が出た。それは京の人の表と裏のある性格を示しているのではないかと。奥に何をかくしているかわからない、表面でいい顔をしていても腹の中では何を考えているかわからない、率直でない、腹黒い、このことを言っているだけではないか。良いも悪いも好きも嫌いもすぐに表に出してしまう私のような単純な人間は、とてもじゃないけど京の人とは付き合いきれない。
こんなことを冗談に考えたのだが、ふと思いついたのは、私の生家をはじめとして近所の家はすべて道路に面した間口は狭く、屋敷地はうなぎの寝床のように細長い短冊形になっていたということである。つまり京都と変わりないのである。ただ、屋敷の後ろには小さな畑があり、そこに自給用の野菜などが栽培されている。これは非農家も同じだが、町中心部の商家などでは奥にも建物がたち、あるいは庭になっていたが。なぜこんなふうになっているのか。これは江戸時代の町場における租税制度に原因がある。間口の幅で租税が定められていたので、庶民は間口を狭くし、奥行きのある建物をつくって税金を安くしようとしたのである。奥ゆかしさ、心の深さからではないのだ。これがわかってから改めて見直してみて、貧しい家の間口が相対的に狭かったことに気が付いた。当然家屋の前には庭もなく、通り道があるだけである。人が通れるほどの狭い道を挟んで隣の家とぴったりとくっついているのである。だから、南北に走る道路に面している家の場合には家が東西に長いので、隣の家の屋根で南からの陽がほとんど射さず、いつもじめじめしていた。
市街地の外れにある私の生家の宅地も細長く、南北に走る道路に面していたが、南側には庭があり、さらにその前には家がなくて道路と畑があり、しかもその畑が自分のものであったために、陽が射して明るかったが(もう今はその面影もなくすべて宅地化されてしまったが、宅地の細長さだけは昔のままである)。農村部に行けばこんなことはない。道路に面したところもそうでないところも屋敷地はかなり広い。そして家屋の他に作業場もあれば庭もあり、屋敷畑もある。屋敷の北もしくは西に季節風を防ぐための木々を植えている地域もある。仙台平野の農家の屋敷の東・北・西を囲む「いぐね」(屋敷林)などはその典型だ。
40年も前になろうか、当時佐賀大学の教授をしていたHJさんがそれを見て「農家に庭がある」と驚いて私に言ったことがある。いっしょに宮城県北の農家調査をしたときのことである。私は純農村地帯の農家の屋敷に庭や木があるのは当たり前だと思っていたから、それを聞いてびっくりした。そう言われてみれば、私が調査した佐賀の農家には、何もない更地の作業場が家屋の前にあるだけで、いわゆる庭はなかった。屋敷の裏もすぐ田んぼである。要するに家屋や小屋、作業場など生産と生活に最低限必要な土地以外は田んぼなのである。このことは、東北には佐賀などの西南暖地よりも土地にゆとりがあったことを示しているのだろうか。あるいは心にゆとりがあったことを示すものかもしれない。
しかしそうでなかった可能性の方が強い。東北では屋根からの雪の捨て場所、冬の季節風の緩衝場所などの必要性から屋敷地は広くなければならず、それを利用して庭にしたというだけではなかったのだろうか。これはその地域に住んでいない素人考え、間違っているかもしれないが。なお、あの後、佐賀の農家でも庭が見られるようになった。かつてのような作業場がいらなくなったのでそれを庭にしているのだろう。
とは言ってみたものの、これは筑紫平野を十分に調査したことのない、しかも建築や景観についてはまったく素人の私の単なる憶測、間違っているかもしれない、その時はごめんなさいだが、どうなのだろうか。
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日