不安だらけの子育て出産 【小松泰信・地方の眼力】2025年6月11日
厚生労働省が6月4日に発表した2024年の人口動態統計によれば、日本で生まれた日本人の子どもの数は68万6,061人(前年比5.7%減)で、統計のある1899年以降初めて70万人を割った。1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は1.15で3年連続で過去最低。

急速な人口減少と日本経済の先行き
日本経済新聞(6月5日付)は、人口の自然減(出生数と死亡数の差)が91万9,237人で、香川県の人口(約91万人)が1年で減ったと表現し、急速な人口減少が日本経済の先行きに影を落とすことを教えている。
まずは、生産年齢人口(15~64歳)の減少で深刻化する労働力不足。
つぎに、人口減がもたらす消費の下振れにより、企業の設備投資が縮小。
そして、揺らぎかねない社会保障制度の持続可能性。「御神輿型」と形容されていた10数人の現役世代が1人の高齢者を支える社会保障体制から「騎馬戦型」に移り、人口減が加速すれば「肩車型」どころか、現役世代1人が複数の高齢者を支える「てんびん棒型」の将来が現実味を増す、と危機感を隠さない。
東京都の「合計特殊出生率」が0.96で、「0.99ショック」と呼ばれた23年からさらに低下したことにも言及し、都の大規模な少子化対策にもかかわらず、高騰する住宅費や長時間労働が妊娠・出産を遠ざけている可能性を示唆している。
出生数は10年前(100万3,600人)と比べて3割減。減少率が最大なのは秋田(45.3%減)で、これに岩手(44.4%減)、福島(43.4%減)と東北3県が上位を占める。その要因として、雇用環境や男女格差に困難を感じた女性の流失を指摘し、地方で少子化がより深刻である実態が浮き彫りになっていることを記している。
出産費用無償化の功罪
福島民報(6月6日付)の論説は、産み育てやすい環境整備の必要性が鮮明になる中で、「出産費用の無償化案への公的医療保険適用に、病院側の収入が減り分娩施設の減少につながる」との指摘が出ていることから、「施設数の維持と出産の金銭的負担軽減を両立できる制度設計」を求めている。
通常の出産は基本的に自由診療で扱われ、公的医療保険の適用外だが、健康保険組合などを通じて妊婦側に50万円の「出産育児一時金」が支払われている。「無償化によって出産のための経済的障壁が取り除かれる意義は大きい」とした上で、「保険適用で施設側への報酬が一律になれば収益が減り、分娩取り扱いをやめる施設が出る恐れもある」ことを指摘する。福島県内の分娩施設はこの10年間で約4割減となり、現在は7市の26カ所。「出産支援の充実が分娩の際の不便を招く結果となっては本末転倒だ」と訴え、国に対して分娩施設の納得を得られる持続的な制度設計に取り組む努力を求めている。
産婦人科医会による会員対象の調査で、590施設のうち401施設が、保険が適用された場合、「分娩取り扱いを中止」「制度内容により中止を考える」と回答していることを紹介するのは中国新聞(6月6日付)の社説。「出産にかかる負担軽減は社会の要請」とした上で、「地方によっては、産科の医師不足で分娩に対応できる医療機関がない地域も生じている。無償化を急ぐあまり、周産期医療を危機にさらすことになってはならない」と訴える。
何より生活基盤の安定を
「非正規雇用など低所得の若者の間では、経済的な理由から結婚を諦める人が増えている。こうした人たちに目を向ける必要がある」とするのは北海道新聞(6月6日付)の社説。「正規雇用への転換をはじめ、『同一労働同一賃金』を徹底し、正規と非正規の待遇格差を是正」せよとする。その根拠としてあげるのが、合計特殊出生率全国ワーストの東京都の中央区、港区など高所得の共働き夫婦が多いエリアでは1を大きく超えていること。なによりも、「生活基盤が安定しているからこそだろう」と推察する。
そして、「子どもを持つことにも格差がある実態は看過できない」と指弾する。
「抱える不安」を直視せよ
「女性が子どもを産まないのは『抱える不安の表れ』との視点をもっと強く持つべきだ」とするのは沖縄タイムス(6月7日付)の社説。「子どもがいる世帯の65.0%が『生活が苦しい』と回答」(国民生活基礎調査)や、「平日の家事時間は夫の47分に対し、妻は約5倍の247分」(全国家庭動向調査)から、「要約すれば、若い世代が結婚や出産に明るい展望を描けないということ」を出生数70万人割れの主たる理由とする。
沖縄の合計特殊出生率は1.54で全国で最も高いが、「地方の支援策は充実しているとは言い難い」と嘆き、都市部とは違ったアプローチの必要性を訴えている。
合計特殊出生率1.27と過去最低となった岡山県にある山陽新聞(6月11日付)の社説も、「影響が大きいのは、家族の形や働き方が多様化する中、物価高が家計を圧迫し、若い世代が明るい展望を持てないこと」とし、「将来にわたり安定した収入を得られるか。仕事と家庭生活を思うように両立できるか。こうした不安を抱えている現状を直視せねばならない」と指摘する。
政府が24年度からの3年間を集中対策期間と位置付け、年3兆6千億円規模の予算を投じて児童手当の拡充や多子世帯の大学無償化などを実施していることに関して、「既婚の子育て世帯への支援が主で、結婚や出産をためらっている若者には響いていない」ことを危惧している。
政府が10日に決定した、女性活躍の重点方針「女性版骨太の方針2025」に触れ、「東京一極集中を是正し、地方に魅力ある雇用をつくり出し、住みたいと思われる街にするための取り組みを急ぎたい」とする。
「起業」は「苦業」と化す
その「女性版骨太の方針2025」をみると、最初に目に飛び込むのが「女性の起業支援」。
「起業」は「喜業」となることよりも、「苦業」となることの方が容易に想定される。
多くの人々が、出産や子育てに多様な不安を抱えていることはすでに記してきた。これに、古古古古米まで食わせようとしているこの国の食料政策や、戦争できる国づくりが加わり、不安は増幅される。これらの不安は、地道な取り組み、あるいは戦いで、ひとつずつ解消していくしかない。その努力をしない限り、この国の女性たちは、骨太どころか骨の髄までなめられ続ける。
「地方の眼力」なめんなよ
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