どんぐりと熊と人間【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第375回2026年2月5日

いつ頃からだったろうか、熊が人里に現れたとニュースで多く流されるようになったのは。
とくに昨2025年の秋から冬にかけては、農家の裏の畑にある柿の木に登って真っ赤に実った熟柿を採って食べていた、住宅地においてあるゴミ箱をあさっていた、さらには人家の台所に入り込んでいた、ばったり道路で遭遇して怪我をさせられた等の熊による物的人的被害、そうした熊を除去するための捕獲騒動が新聞やテレビ等でこれまでにない数で報道された。
これまでも熊の人里への出没か話題になることはあった。そしてそれは熊の冬越しのための重要な堅果類つまりどんぐりの結実が悪くて冬越しのためのエサが不足した年だった、生きるためのやむを得ない行為だった。
そして熊は「足柄山の山奥」のような「奥山」で金太郞と相撲を取り、その下にある「里山」では桃太郞のお爺さんが柴を刈り、「裏山」はかぐや姫のお爺さんがタケノコをとるところつまり人間の住む里つまり集落のあるところだった。こうした縄張りがあるので、どんぐり等の不作の年くらいにしか熊が里に下りてくるなどということはめったになかった。
ところか今年は熊が人里に出没した。堅果類つまりどんぐりの結実は概ね良好だったのにもかかわらず、つまりどんぐりの責任ではないのにである。
では、なぜ熊が出るようになったのだろうか。
それは戦後奥山から裏山にかけて杉を中心とする植林が進められ、高度成長以降には燃料、各種資材の石油化、電化が進み、さらに外材の輸入が進められ、それとしともに山村の過疎化が進むなかで、かつての里山、裏山が奥山化するようになる、そして残った人家・田畑と奥山が直接接するようになったからなのではなかろうか
熊にとって拡張した奥山は自分の領土、そこに出没するようになるのは当たり前、行ってみたら何と、その隣の土地にはおいしそうな熟した柿など家庭果樹の実が烏以外誰から採られることなしにいい色になって実っているではないか、さらにもう少し人家に近付いてみるとさらにうまそうな臭いがする、それに惹かれて思わず行ってみると道路に置かれた箱(ゴミ箱)からのようだ。中をのぞいてみたら何とうまそうな食べ物がある。早速取って食べてみる。今まで食べたことのないうまさだ。
人声がする、慌てて逃げる、しかしあのうまさは忘れられない、そこでまた行ってみる、今度はまた違ったうまいものが中に入っている、早速ごちそうになる。
木に登ったりする苦労もない、楽をしておいしいものが食べられる、よしまた来よう、そして来てみたら人家の中からさらにうまそうな匂いがしてくる、思わず入ってしまう。
台所にあった肉、魚、いやあうまかった、こんなうまいものは食べたことがない。どんぐりなどもうまいが、こっちはもう絶品だ、などと喜んで食べていたら突然家の中から人間が現れ、熊を見て驚き、思わず悲鳴をあげる、熊もまたびっくり、いつもの癖が出てついつい手をあげ、爪を立てて叩いてしまう、そして慌てて逃げる。
怖かった、でもうまかった、誘惑に負けた熊、また人里に現れる。待ち構えていた各地の猟友会の人たちの手によってズドン、そして熊は死して人間の胃の腑に行き、毛皮をお尻の敷物として残す、ということになる。
こう考えると、熊の近年の出没はどんぐりの豊作・不作とはという関係がないということになるのではなかろうか(もちろんまったく無関係になったというわけではないが)。
どんぐりたちは今、雑木林の下で「背比べ」をしながら、そんなことをワイワイガヤガヤ言い合い、「人間たちよ、もっと自分たちを、雑木林を、日本の林野を、農山村を大事にしてくれ、熊と人間の関係を見直してくれ」などと、宮沢賢治の童話『どんぐりと山猫』に書いてあるような論議をしあっているのではなかろうか。
そんなことを考えると楽しくなるのだが、人間様も改めてもう一度山村振興のことを考え直してもらいたいものだ。
当面は生ゴミの適切な処理や収穫予定のない柿・栗などの家庭果樹の実(もったいない、熟柿などは絶品、私が採って食べたいのだが)の収穫と利用、生ゴミの処理の仕方の工夫に力を注いでいく必要があるのではなかろうか。
と言ってもそれはもう無理だろう、今熊の出没が騒がれているところもやがては日本の人口の減少と過疎化、熊の人間・住宅街慣れでますます進むだろう。当然熊との衝突、被害はさらに増えることになる。それを防ぐために日本中の林野を電気牧柵で囲んで、領土を人間と熊で分割することにしますか。
柿の木のてっぺんにポツンと残った赤い実の残る晩秋の風景、冬の近付きを告げるこの静かな風景、私は好きなのだが。
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