【クローズアップ】小さな漁協が大きな挑戦 地域の生活・文化を支えて 和歌山・太地町漁協2020年11月12日
地域を基盤とする協同組合には、JAと並んで漁協(漁業協同組合=JF)がある。JAと同様、漁協も合併による大型化が進んでいるが、和歌山県の太地町漁協は、正組合員と准組合員を合わせて330人ほどの小さな漁協だが、これまで合併せず、行政と連携して海の資源を活用した独自の事業を起こし、雇用の場を確保することで、地域の産業と生活、さらに文化と伝統を守っている。特に同町でただ一つの総合店舗で、弁当一個、牛乳一本でも届ける漁協スーパーは、高齢者の買い物支援などで、地域になくてはならない存在となっている。
町で唯一の生活店舗「漁協スーパー」
漁業から海業へ
太地町漁協の貝良文専務は「漁業ではなく海業(うみぎょう)だ」と言う。漁業ではなく、海を利用して、漁民がそこで食べていけるようにということで、同漁協が手掛けている事業は、魚の卸売市場のほか、漁協スーパー、道の駅「たいじ」、シーカヤック、それに鯨肉加工場などを運営し、漁協としては全国唯一の沿岸小型捕鯨を行う捕鯨船も持つ。さまざまな事業を展開し、地域の雇用を確保している。
太地町は紀伊半島の南端にある人口約3000人、総面積580ヘクタールほどの海に面した小さな町。耕地面積はわずか14ヘクタールで水田は1ヘクタールに過ぎない。漁家戸数は297戸、漁業従事者は330人で、漁業と観光業が主な産業。太平洋に面し、400年前から古式による捕鯨が盛んで、古式捕鯨発祥の地であり、くじらの博物館、くじらの生け簀(いけす)などのほか、町内いたるところにくじらのモニュメントがあり、くじらの町として売り出している。また、イルカの追い込み漁が残酷だとして、国際的な反捕鯨団体の執拗な攻撃を受けたことでも知られる。
町で唯一の生活店舗
太地漁協は2020(令和2)年で正組合員が121人、准組合員210人。販売取扱高は鮮魚類を中心に約2億2000万円で、購買品供給高は約3億9600万円。うち生活物資が3億6000万円を占める。この生活物資を供給しているのが、同漁協直営の「漁協スーパー」である。
売り場面積200平方メートルのコンビニエンスストアを少し大きくした程度の規模だが、和歌山県で店舗展開するスーパーが撤退したあと、食料を含み日用品が手に入る店舗は太地町では漁協のスーパーだけになった。最も近い隣町のJAみくまののAコープ店までは約10キロ、車を走らせなければならない。高齢化率40%を超える同町では、漁協スーパーがないと、多くの"買い物難民"が出る。
貝専務と鯨肉のショーケース
弁当1個でも配達
このため漁協スーパーは、組合員もそうでない人からも、求められれば弁当1個でも、100円以下の品物でも配達する。配達についてのチラシを入れた時、本当に経営できるのかと心配したが、実際はお年寄りが、気を遣って普通の注文をしてくれる。やり始めた時は、当時部長だった貝専務自ら配達したが「買い物に不便を被っていたお年寄りに大変喜ばれた。一人暮らしのお年寄りも多く、そうした人たちは本当に買い物に困っていることが分かった。助けることができて本当によかったと思っている」と振り返る。
電話での注文だけでなく、元気なお年寄りには買い物に来てもらうが、持ち帰るには重すぎる場合、レジに置いてもらい、後で届けている。遠くても4キロほどで、「エリアが狭いからできること」と貝専務は言うが、これが漁協に対する信頼を高めている。配達する職員は一人で、せいぜい1日10件ほどの配達だが、どの家でどんなものを食べているかが分かり、注文の電話が来なくなると漁協スーパー側から電話して様子を聞くなど、安否確認の役割も果たしている。
こうしたお年寄りの食生活に合わせ、総菜部門では専門のコンサルタントを入れ、充実させた。化学調味料は使わず、出汁(だし)は昆布と鰹節からとっている。このため職員を研修に出して覚えさせた。魚介類は、目の前に漁協が運営する魚市場があり、鮮度は抜群で、価格も安い。新鮮なネタを求めて隣接する町の寿司屋や、休みの日には県外(三重県)などから訪れるリピーターも多い。
くじらの加工場を持つことから、スーパーには全国でも珍しい鯨肉の種類が揃っており、人気商品の一つになっている。現在、来店者は一日平均で680人ほど。「町の人口からして、まずまずの規模。素人の経営で、やっとここまできた」と貝専務は振り返る。漁協による店舗は全国でも少ないため、始めのころの運営は手探りだった。米や飲料などの商品は地元の小売店から入れていたほどで、赤字続きだった店舗を軌道に乗せた貝専務の思いは強い。
町内どこでも届ける配達用三輪スクーター
行政(町)と二人三脚
漁協スーパーで地域の人の生活を支えている太地町漁協は、町で唯一の協同組合として、さまざまな形で地域貢献を行っている。地域の祭りやイベントには積極的に参加。4年前には神社の社務所の建て替えに1000万円寄付した。行政は政教分離で寄付行為ができないためだが、それによって、町や町民からもいろいろな支援を得ることでき、行政や地域とのよい関係が保たれている。
コロナ禍で、今年はできなかったが、小学校のスポーツ振興を支援し、遠征費などを負担。さらに祠(ほこら)や文化財の修繕など、経費の一部を寄付している。また、地元小学生の課外事業としてヒロメ(海藻)の養殖、アサリの試験養殖などもこれまで手掛けてきた。
指定管理者方式で
2017年、太地町は「道の駅たいじ」を建設し、JFが指定管理人として運営している。道の駅は太地町の入り口にあり、ゲートウエイとして訪れる人を迎える。くじら料理のあるレストランや直売所、観光案内などの業務は全て漁協が行っている。道の駅で毎月第一日曜日に開いている朝市も人気でとれたての海産物や農産物が並ぶ。
道の駅ではないが、鹿児島県の日置市に漁協が運営する「江口蓬莱館」という食事もできる物産館があり、事前にこれを視察した。そこでは地元のお年寄りが休耕地を使って野菜を作って販売しており、「これをぜひやりたい」と貝専務は考えている。
もう一つ大きな事業に町が進めている「森浦湾くじらの海」構想がある。太地町くじらの博物館では小割したプールに100頭近いイルカを飼育し、海外の水族館などに輸出しているが、これを拡大し、湾ごとくじらやイルカの生け簀にしようという構想で、仕切り網や遊歩道の補修・管理も漁協が担う。
「くじらの海」構想で湾を仕切ると漁ができなくなり、漁業権の放棄を伴うが、同町の場合漁業権は放棄せず、しかし漁業はしないことで、全員の承認を得た。その代り、やはり漁協が運営し、湾内を周遊するフィールドシーカヤック事業のインストラクターなどに雇用する。
貝専務は、「組合が元気でないと地域が元気にならない。組合員自体の経営が苦しいのに、組合の水あげの歩合金を上げるようなことがあってはならない。事業で利益をあげ、組合員や地域に還元するのが協同組合の役割だ」と、組合員、地域のための事業の重要さと強調する。
湾内を周遊するシーカヤック
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