トランプがなぜ候補に? 「株式会社国家」へのアンチテーゼ2016年5月30日
インタビュー:ジャーナリスト・堤未果さん
今年11月に行われる米国大統領選挙。各党の候補を決める予備選挙が進むなか、共和党は過激な言動が注目されるドナルド・トランプ氏が候補者指名獲得を確実にするという事態となった。なぜトランプ氏が支持されるのか。民主党候補として予備選で若者の支持を集めているバーニー・サンダース氏もブームを巻き起こしている。アメリカをあらゆるものをビジネスにしていく「株式会社国家」だとしてその問題点を指摘し続けてきたジャーナリストの堤未果さんに聞いた。
◆アメリカ国民の悲鳴
――トランプ氏とサンダース氏への米国民の支持の広がりをどう見ますか。
ドナルド・トランプ氏とバーニー・サンダース氏はそれぞれ共和党員でも民主党員でもありませんでした。その人たちがこれだけ支持を集めるというのは、やはり今のアメリカの悲鳴に他なりません。
この2人の根っこは同じで、他の候補者全員との違いは「1%」のスーパーリッチ層からお金を受け取っていないということです。事業家であるトランプ氏は自腹で、サンダース氏は草の根で資金を集めました。
アメリカという国がこの数十年で、選挙が完全にお金で買える「投資商品」になってしまっている事実を考えれば、この2人の特異性が見えるでしょう。つまり今のアメリカでは、共和党でも民主党でもどちらが大統領になっても、政策を動かすのは莫大な選挙資金を出すスポンサーなのです。だから黒人大統領で弱者の味方かと期待されたオバマ大統領の下ではブッシュ政権以上に所得格差が拡大し、貧困大国化が進んだ。民主主義のはずのアメリカで、1%に買われた政治にうんざりした有権者たちの前に彗星の如く現れたのがトランプとサンダースだったのです。多くのアメリカ国民は極限にまで追い込まれているので、「1%」層が政治を支配するという今の体制の外にいる人に未来をかけるしかないと、肌で感じているのです。
興味深いことに、国内政策では両者とも日本のような国民皆保険制度を導入すると言っています。ただし、トランプ氏がこれを導入すると主張していることは報道されないので、日本の国民は知りません。
そして二人ともTPPにははっきりと反対しています。そもそも多国籍企業と投資家だけが儲かり、国の憲法、民主主義、国民の仕事と暮らし、共同体などがどんどん犠牲になる「条約」など論外だと切り捨てている。
◆ノスタルジーも根強く
――支持者の中心はどんな人々ですか。
白人の貧困層と中流層から転落した人たちです。トランプを支持する人たちには、1980年代以前の良きアメリカへのノスタルジーがある。トランプが体現しているものは、アメリカでは実力と能力とチャンスさえつかめばこんなに大金持ちにもなれるというアメリカンドリームだからです。かつてのアメリカの明るいイメージ、それはつまり、ウォール街とグローバル企業によって株式会社国家にされる前のアメリカに戻りたいということです。
一方のサンダースの支持者の中心は、今や株式会社国家で使い捨てにされている若者層です。株式会社国家になる前のアメリカでは、若者は国の宝であり未来への希望でした。
つまりトランプやサンダース旋風は、裏を返せばこの30年間で作られた株式会社国家へのアンチテーゼということです。ただトランプ氏の皮膚感覚的な過激発言や派手なパフォーマンスのほうがテレビとしては使いやすい。ほんの一握りの富める者だけがますます金持ちになり、それ以外の人々はどうやっても上に上がれない、そんな風に格差を固定化してしまった「金権政治」が完全にシステムとして確立され、民主主義も憲法も社会も共同体も蝕んでいると気付いたとき、人々はそれを壊すためにあえて過激なものを求める。
今のアメリカ国民はそれぐらい強い起爆剤が必要だということに気がついているのだと思います。日本も徐々にそこに向かっているようですが。
――敵を作り過激で差別的な発言とそれを支持する人々の心理をヘイトスピーチと同じだと捉えて批判する声もあります。
いろいろな批判があるでしょう。でも過激な発言は表面的な現象なので、それに囚われていると本質を見失ってしまう。選挙はショーであることを忘れてはなりません。
◆過激発言の背景を知る
トランプの場合は、今までは過激発言の方が大衆受けするから連発していましたが、NYで圧勝した後はすっかりヒラリーを意識して既定路線に変えていますよ。ここで大事なことは、こうした過激発言が受け入れられる背景に何があるのか? ということの方です。
固定化された格差。破壊されてゆく民主主義やアメリカンドリームや、自由の国の国民としての誇りが奪われてゆくフラストレーション、そういったものの存在を見なければいけません。オバマ選挙で大衆が踊らされたのも「言葉」。言葉は道具にすぎないのです。
――しかし、マスコミや識者の論調にはやはり常識的な人に落ち着くべきではないかという指摘もあります。
その「常識」とは何を指すのかをよく考えるべきでしょう。それはつまり今のシステムを変えずにこのまま維持してゆくという意味です。
米国の商業メディアも最初はトランプ、トランプでした。なぜなら視聴率がとれる。お金が入りますから。でもトランプが共和党指名を勝ち取る段階になったら急に、これは本当にまずい、トランプが大統領になったら大変だ、悪夢だと言い出した。
これを見るとアメリカの商業マスコミが一体どこからお金をもらっているか、非常にクリアに示しています。サンダースのことは勝ってもほとんどまともに報道しません。なぜか? リベラルを自負するニューヨークタイムスもCNNも、スポンサーは「1%」側だからです。「1%」は今の仕組みを変えたくないわけです。
では、トランプ氏が大統領になったらどうなるのか。
ここに来て「1%」の側のネオコンと呼ばれる人たちがトランプ支持に乗り換えていることに注意しなければなりません。「1%」の人々はどっちに転んでも損をしないように賭けをするので、別にトランプでもいいんです。閣僚を思うような人材で固めればいい。つまり、トランプが大統領になった場合でも、アメリカの政治経済ががっちり作りあげてきた仕組み自体にメスを入れられるかどうか、そこからが本当の勝負でしょう。
それは国民次第。トランプ大統領が誕生した時、国民がトランプをどう動かすか。オバマ大統領誕生のとき、国民は失敗しました。ブッシュを引きずり下ろせたからもう大丈夫だ、政治運動はもう終わったと言ってみんな日常に帰ってしまった。そうしたらこの始末です。
――私たちも夏には参議院選挙を迎えます。
私がずっと言い続けていることは、「アメリカは日本の近未来」だということです。日本もアメリカと同じで、選挙結果も大事ですが、本当の勝負は選挙の後です。法律も成立した後にこそ、どう働きかけていくかが一番大事なことです。
アメリカの場合、トランプとサンダースが登場しこれだけ支持を集めてきたということは少なくとも火は点いたということなのです。たとえヒラリー大統領になったとしても、民衆の心についたこの火は決して消えません。必ずまた別の形で噴き出してくるでしょう。
(写真)バーニー・サンダース、ドナルド・トランプ、ジャーナリスト・堤 未果さん
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