【金子勝・立教大学大学院特任教授】安倍首相は何のために訪米したのか2018年4月23日
・2国間貿易交渉を飲まされた日本
日米首脳会談では通商問題について、TPPが最善と米国に復帰を求めた安倍首相と、二国間交渉を主張するトランプ大統領との間で「溝」があると指摘された。しかし、果たしてそうか。両国は貿易に関する新たな協議の場をつくることに合意したが、金子勝氏は事実上の「交渉」だと指摘し、JAは不退転の決意で厳しい姿勢で政府に臨むべきだと提起する。
◆五大疑惑抱えて訪米
4月17日から20日にかけて安倍首相が訪米し、トランプ大統領と会談した。安倍政権は五大疑惑を抱えて国会で厳しい追及を受けている最中である。五大疑惑とは、森友学園への国有地大幅値引き払い下げ問題、加計学園獣医学部新設問題、ペジー・コンピューティングのスパコン詐欺疑惑、南スーダン・イラクの自衛隊日報隠し、「働き方改革」におけるデータ隠しや恣意的利用をさす。そして、いまや次々と証拠となる文書やデータがでてきている。もし、このまま文書やデータ隠し、文書の改ざんを認めてしまえば、どんな邪悪な政策でも、どんな不正や腐敗でも正当化できることになり、民主主義社会の基盤が壊れてしまう事態だ。
◆「印象操作」だけの安倍外交
安倍首相ほど頻繁に「外遊」する総理大臣を見たことがない。うがった見方かもしれないが、安倍首相は自身への追及が厳しくなると、「外遊」するように見える。そう見えるのは、「成果」らしい「成果」をあげていないからである。実際、政権発足当初、原発輸出のセールスで世界を駆け巡ったが、ベトナムや台湾やリトアニアでの原発輸出は中止。トルコへの原発輸出は事業費が4兆円と倍増し、採算をとるのが困難になっている。またイギリスへの原発輸出も政府が大手銀行の融資に政府保証をつけるが、見通しは明るくない。
対米関係も同様だ。安倍政権はトランプ大統領就任直後に最初に会った首脳であるとか、トランプ大統領と一緒にゴルフをする仲であり、日米関係は盤石だといった「イメージ」ばかりが報じられているように見える。実際、2017年2月にフロリダ州、11月には埼玉県川越に続いて、今回の訪米でもフロリダ州で、安倍首相とトランプ大統領は3度目のゴルフをプレーした。これを「ゴルフ外交」というらしい。だが、プライベートゴルフの一方で、外交の成果はほとんどなかった。
◆蚊帳の外
北朝鮮の非核化問題については、安倍首相はほとんど外されているといった状況だ。安倍首相は「話し合いのための話し合い」は無意味だと制裁強化を主張してきたが、韓国の文在寅大統領が北朝鮮にピョンチャン・オリンピック参加を促す中で、南北会談が実現し、6月初めまでに金正恩総書記とトランプ大統領が会談する見通しになった。その後、3月25~28日に金正恩総書記が中国を訪問し、習近平国家主席と会談した。日本政府は蚊帳の外に置かれたままだ。3月31日、河野太郎外相が、北朝鮮は核実験を準備していると発言したが、中国外務省の耿爽副報道局長に「足を引っ張らないでほしい」と批判された。そして日米首脳会談後の4月21日、金正恩総書記は核実験とICBMの中止そして核実験場廃棄を表明した。日米首脳会談では、トランプ大統領に拉致問題を取り上げるようにお願いしただけに終わった。
それだけではない。4月3日に在日米軍は、地元住民に知らせることなく、事故多発機のCV22オスプレイ5機の横田基地配備を通告し、5日に到着してしまった。日本政府は抗議をしないどころか、逆に沖縄の辺野古新基地建設を推進し、7月にも埋め立ての本格工事を始めるという。
ただ相手に媚びるだけでは外交の成果はあがらない。たしかに、安倍首相はナショナリズムに訴える点でトランプ大統領と主張が似ているとされ、相互に「蜜月関係」を認め合う。しかし、国民のニーズに応じて相手国に主張し、相互の主張とすり合わせつつ、粘り強く交渉していくのが「外交」である。そうした基本姿勢がないまま「仲良し」を演出するだけでは、かえって相手にばかにされる。
それに対して、トランプ大統領の交渉術は単純明快だ。彼はビジネスマン出身なだけに、ディール(交渉)には慣れている。まず相手にふっかけ、相手が譲歩したら落着させるというパターンである。北朝鮮問題でも中国との貿易摩擦でも、こうしたディールを仕掛けている。ところが、安倍首相には、ディールの成功体験がなく、方法論も持っていない。ひたすらご機嫌をとって、アメリカに追従しているように見える。これでは交渉にならない。貿易交渉はその典型だ。
(写真)金子勝・立教大学大学院特任教授
◆2国間交渉を飲まされた
「アメリカファースト(米国第一主義)」を掲げるトランプ大統領は、今年3月8日に「国家安全保障」を理由にあげて鉄鋼に25%、アルミに10%の関税を課す文書に署名した。この関税強化措置については、EU加盟国、韓国、カナダ、メキシコ、オーストラリア、ブラジル、アルゼンチンが適用除外される。だが、安倍首相は「蜜月関係」にあるはずだが、除外対象にしてくれとの要望は聞き入れられなかった。
それどころか、トランプ大統領は、日本からの貿易赤字を問題にして譲らず、日米の2国間協定を主張し、結局、ライトハイザー通商代表部代表と茂木敏充経済再生相の間で「協議」することで合意させられた。これは「協議」と銘打っているが、事実上の2国間貿易「交渉」であり、アメリカをTPPに復帰させるという、これまでの安倍政権の主張からも大きく後退している。
トランプ大統領は、「自動車」の貿易障壁をあげているので、米韓FTA見直し交渉の過程でも見られたように、日本の自動車輸出の自主規制要求が出てくる可能性がある。一方、牛肉ではオーストラリアとのEPA、あるいは日欧EPA以上に関税引き下げを求めてくるだろう。それは、豚肉やコメでも起きうる。 何よりトランプ大統領は11月に中間選挙を控えている。ロシアゲート事件を抱え、次々と閣僚を交代させるトランプ政権は支持率が低迷している。 今年の3月13日に行われた米東部ペンシルベニア州の下院第18選挙区の補欠選挙で、共和党は民主党に敗北した。ここはトランプ氏が大統領選で勝利する要因となったラストベルト地域である。もし中間選挙でも敗北すれば、トランプ大統領は事実上レイムダックになってしまうので強硬な姿勢で臨んでくるだろう。
アメリカに追随するだけの安倍政権に、こうしたアメリカ側の要求を跳ねのける能力があるとは考えにくい。それどころか、現在の鉄鋼製品の関税除外を受けるために、あるいはアメリカが自動車の輸出規制を求めてきた場合には、アメリカ側の要求を緩和させるために、見返りに農産物の関税引き下げを差し出す可能性すらありうる。
そう考えると、この間の安倍政権の政策姿勢が大きな問題になってくる。安倍政権はTPPでも日欧EPAでも交渉過程を秘密にし、農産物重要5品目を守るという国会決議を無視するような内容を受け入れてしまった。さらに、先にあげた五大疑惑では、文書隠しや文書改ざんが頻繁に行われている。都合の悪い内容であれば、政府は正しい情報を出さない可能性がある。これでは十分な対策もとれない。
たとえば、畜産農家に関して、家族労働を算入するとはいえ、赤字にならないと補填がないような対策では将来の経営見通しが成り立たない。畜産の打撃は飼料米の購入を減少させていく。コメの輸入割当量分について備蓄米を買い上げる政策では、3年後に加工米として市場に出てくるだけだ。
JAは、交渉過程できちんとした情報公開を強く要求するとともに、合意に至る前に、政策変更の効果を正確に議論するように求めなければならない。農林業センサス2015が示すように、この10年間で農業経営体は3分の1も減り、担い手の半数以上が65歳以上になっている。もう後がないのだ。
JAは不退転の決意をもって日米貿易「交渉」に対して厳しい姿勢で臨んでほしいと願う。
(関連記事)
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