【緊急提言】米増産を「強制増反」にしてはならない 九州大学名誉教授 村田武氏2025年8月19日
石破茂首相は8月5日の米に関する関係閣僚会合で「増産に舵を切る」と表明した。この方針をめぐっては供給過剰となり米価が暴落する懸念や、そもそも米を増産する力が地域農業にあるのかなど、さまざまな声が上がっている。こうしたなか、九州大学名誉教授の村田武氏は米の増産は「みどり戦略」の推進と一体で進めるべきだと緊急に課題提起する。

昨年来の「米価高騰」を招いた米不足に対して、石破首相は米増産への転換を打ち出した。8月5日に開催された第3回「米の安定供給等実現関係閣僚会議」で、石破首相は「現時点では生産量に不足があったことを真摯(しんし)に受け止め、今後の需給ひっ迫に柔軟かつ総合的に対応できるよう、今後の政策の方向性を次のように明確にいたします」として、①明確に米の増産にかじを切ること②耕作放棄地の拡大を食い止めること③「米国の新たな関税措置をものともしない輸出の抜本的拡大に全力を傾ける」ことに取り組んでいくとした。
これは、何のことはない、「基本計画」で提示した令和9年度からの「水田政策の根本的見直し」、すなわち、水田活用の直接支払い交付金を「作物ごとの生産性向上等への支援に転換」し、「農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略」に沿って米輸出を2030年には35万トンにする、輸出を行う経営規模15ha以上の経営体の作付面積を農地の集積・集約化で実現する等を、前倒しで実施するということだ。さすがに農水省である。米高騰の原因が米不足にあったことを遅まきながら認めざるをえなかった農水省は転んでもただでは起きないのである。
「みどり戦略」は「基本計画」で第Ⅳ章に格下げされた
「みどりの食料システム戦略」(以下「みどり戦略」)は、菅政権のもと農水省が2021年5月に策定した政策方針である。国連の持続可能な開発目標(SDGs)への関心の高まりや、EUのFarm to Fork戦略、米国の農業イノベーションアジェンダなどの戦略策定などの国際圧力に押され、温室効果ガスの削減目標を発表せざるをえなくなった菅政権が、農水省に策定を指示したものであった。翌22年4月には、関連法として「環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律」(通称「みどりの食料システム法」)が制定されている。
「みどり戦略」は、食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現するとしており、2050年までにめざす姿として、①農林水産業のゼロエミッション化の実現―農業分野の2022年度排出量4272万トンを「50年ネット・ゼロ」の実現にむけて30年度に1176万トン削減(2013年度比)、②化学農薬の使用量(リスク換算)の50%低減、③化学肥料の使用量の30%低減、④有機農業の取組面積の割合を2%に拡大する―などの数値目標を設定している。
2025年4月に閣議決定された「基本計画」では、「気候変動に関する国際的な動きが活発化する中、国際ルールメイキングや国際協力にも参画する必要がある。このため、欧米とは気候条件や生産構造が異なるアジアモンスーン地域の新しい持続的な食料システムの取組モデルとして、「みどり戦略」を提唱し、気候や農業条件が類似するアジアモンスーン地域における強靭な持続可能な農業・食料システムの構築に向けて、日ASEANみどり協力プランを推進する」(97~98ページ)とした。ところが、「2030年度にはCO2を1176万トン削減する」いうかなり大胆な目標が設定されているのに、「基本計画」は残る5年間の実施工程表を示してはいない。
米増産を「強制増反」にしてはならない
そこで以下を私は提言したい。
まず第1に、米生産が落ち込んできたのは生産費を割り込む米価であったことが決定的であった。米増産に転ずるには、この間の生産費の高騰を考慮して、生産者には2万円(玄米60kg)を超える手取りを保障することが不可欠である。増産にともなって米価がこれを下回りそうな場合には、政府は速やかに備蓄の上乗せで価格下落を食い止めなければならない。過剰米を補助金付きで輸出するのは、WTO協定破りであるトランプ関税の後を追うものであって、ベトナム・タイなど東南アジアの米輸出国への打撃になる。
第2に、米増産を急ぐあまり、麦・大豆・飼料作物等への「水田活用の直接支払い交付金」の支払額の減額や支払い対象の選別を行うことで、事実上の「強制増反」にしてはならない。
第3に、米増産は「基本計画」で第Ⅳ章に格下げされた「みどり戦略」の推進と一体であるべきだ。この戦略に基づいて農水省は有機農業に地域ぐるみで取り組む産地(オーガニックビレッジ)の創出に対する支援を行っている。農水省は今年までに100市町村創出の目標を設定していたが、すでに124市町村が認定されている。
オーガニックビレッジの基本は、地域内資源循環、すなわち家畜ふん尿やし尿・生ごみなどの有機物の堆肥化・メタン原料化を行い、堆肥やバイオガス発電消化液の農地還元を行うことで、化学肥料・農薬の使用量を減らす地域農業の有機農業化にある。家族経営型の酪農・畜産経営が存在する地域での耕畜連携が進んでいる。自治体や農協が堆肥センターを設置することで、地域農業の耕畜連携システムが本格的に展開される地域が生まれている。堆肥センターまでいかなくても、公設堆肥舎を適宜配置することで、酪農・畜産経営のふん尿処理と耕種農家の堆肥の農地還元が楽になる。米増産を農家任せにせず、自治体や農協は地域農業のオーガニック化に活用することが求められている。
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