故・山下惣一さんを悼む 村上光雄・農協協会会長2022年7月26日
7月10日に亡くなった佐賀県唐津市の農民作家、山下惣一さんは、数多くのルポや小説を発表するとともに、全国の農業関係者から慕われ、そのリーダー的な存在でもあった。山下さんを兄貴的な存在と慕い、長年にわたって交流を重ねてきた当協会の村上光雄が、山下さんへの追悼文を寄せた。
山下惣一氏
私の最も敬愛し兄貴的存在であった山下惣一さんが86歳で亡くなられた。
3年前無理をお願いして JA三次通常総代会で講演をしていただき、我が家の居間で夕食をともにしていただいたのが最後となりました。それ以来「老農は死なず消えゆくのみ」 と講演、文筆活動もやめられ、闘病に努められていましたので、 訃報に接しついに来るものが来たかという寂しい思いと共に、長い間いろいろと勇気づけご指導いただいたことへの感謝の気持ちでいっぱいです。ここに長年にわたり一百姓としてまた文芸活動家、農民運動家として縦横にご活躍ご苦労いただいたことに対して感謝し心から哀悼の意を表します。
思い起こせば山下さんには本当に長い間お世話になりました。 私が大学を卒業して就農して間もないころ、 どうしても孤独に陥り暗い気持ちになりがちでありました。 そんな私を元気づけてくれたのは同じ農家の長男として生まれ、苦悩、葛藤しながら農業に取り組み、しかも独学で堂々と文芸、 評論活動をする兄貴の姿であり叫び声でありました。ドロドロしたムラ社会の出来事を開け広げにさらけ出し、ユーモアをもって鋭く追及していく生きざまは、私が思い描いていた生きざまでもありました。 そして農業経営、 農協運営について考える時も、山下さんならどう考え行動するだろうかと、山下さんの生きざま、山下イズムは私の思考、行動の座標軸となり今も続いています。
そんなことで青年部の大会、農協・県の大会と何回も講演に来ていただき、その前後で一杯やりながらお話しをさせていただくのが楽しみでありました。 もちろん出版された本はほとんど手元にありますし、目にした新聞記事なども切り取ってきたつもりです。
それでも私には山下さんがどんなところで生活されているのか分からず、 ぜひ一度この目で見たいものだと思っていました。 そこで4年前、家の光協会で山下さんとの対談が企画されたのを幸いに、前段で自宅を訪問し一杯やるという条件をつけたところ山下さんもこころよく了解いただき実現できました。 そして思いもよらない自宅の居間で奥さまの魚の手料理を御馳走になりながら体調が悪いのに1升瓶が空になるまで付き合っていただきました。 本当に申し訳ありませんでしたが、今にして思うと最高の思い出となりありがたいことでありました。
唐津を訪問して驚いたことが二つあります。 まずは自宅です。 母屋があり周りが田んぼでその向こうの丘にミカン園と思い描いていましたが、案内されたのは地名の湊のとおり日本海に面した漁村の集落のたたずまいの中で、しかも軽トラしか入らない路地の先にありました。 そして軽トラで案内してもらった水田と梅林はかなり離れた山際にありましたし、よく管理されたミカン園と野菜畑はそれより少し近い海の見える丘の上にありました。 奥さまが若いころ牛を連れてほ場にいくのに1時間かかったというのもうなずけます。 そして山下さんが我家に来られた時に、恵まれすぎた環境だと言われましたが、 私が山下さんの立場だったら後を継いでいないだろうと思え、山下さんのご苦労と奮闘の程が忍ばれました。
また書斎を拝見したら書棚に多くの統計資料が整然と並べられていました。普段いい加減な文章しか書けない私は、 後ろ頭を殴られたような衝撃を受けました。山下さんの文章は感覚的で荒っぽいように思えますが、じつは世界中の農村を精力的に駆け巡った見聞と統計資料に基づく数字に裏打ちされた緻密で説得力のある力強いものでありました。
思い出は尽きませんが、 最後に私事で申し訳ありませんが、 私は農畜産物の関税完全撤廃をめざす TPP交渉に対して 「最後のパンツ一枚まで脱げというのか」と抵抗、反対してきました。 するとマスコミ受けしました。 ところがある大先輩から「パンツは品がないよ」 といちゃもんがつきました。しかしすぐに 「村上君の心境からすればそうなんだろうな」 ときました。私はシメタと思いました。 これぞ私の生きざまであり山下さんのお蔭であります。
山下惣一兄貴は亡くなりました。 しかしその一百姓としての飾り気のない、何ものにもこだわらない生きざまは私たちに多くの勇気と示唆を与えてくれましたし、 これからも生き続けると確信しています。 本当に長い間ありがとうございました。
どうかこれからも私たちの農業 農村そして農協を見守り導いていただくことを願い、追悼のことばとさせていただきます。
合掌
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