【地域を診る】地域の農業・農村は誰が担っているのか 25年農林業センサスの読み方 京都橘大学学長 岡田知弘氏2025年12月15日
今、地域に何が起きているのかを探るシリーズ。京都橘大学学長の岡田知弘氏が解説する。農家が5年で25%減―数字の背景には統計の定義変化と構造転換がある。法人化の進展と地域社会の衰退が並行する中、これから誰が農業と暮らしを支えるのかを問う。
京都橘大学学長 岡田知弘氏
先月末、農水省が「2025年農林業センサス」(速報値)を、発表した。新聞の大見出しには、「農家5年で25%減 最大」という衝撃的な文字列。都道府県別にみると、能登半島地震に襲われて被災地2市1町での調査集計が終わっていない石川県で46.1%の減少。次いで、私の故郷である富山県で38.4%減であったと報じられていた。
このセンサスデータを、地域の実態に即して見るためには、都道府県単位の速報値ではわからないところが多く、とんでもない誤読をしてしまう可能性があることは、このコラムで何度か指摘してきたところである。
実際、ネットで出回っている投稿をみると、この間の「米騒動」の原因として「農家」の減少があったと述べたうえで、このままでは農業の担い手が消滅してしまうという論調が一部に広がっている。だが、これはセンサスの調査項目の定義を確認しないまま、誤読した結果ではないかと思われる。
まず、農林業センサスで捉えている「農家」の概念が、21世紀に入ってから大きく変わった。政府が農業法人化や集落営農を推進するなかで、それらと自営の農家を包含する「農業経営体」という新たな統計概念がつくられた。かつての農家は、「個人経営体」という呼称となっている。この間の傾向は、「個人経営体」が減少する一方で、「団体経営体」、そのなかでも「法人経営体」が増加するという動きである。
実際、2020年から25年にかけて、個人経営体は23.9%の減少であったが、団体経営体は2.9%の増加であり、法人経営体については7.9%の増加となっている。他方で農業経営体合計の経営耕地面積の減少率は5%台となっており、それだけ法人経営、なかでも大規模法人経営体に農地が集中してきていることがわかる。
では、冒頭で紹介した「農家5年間で25%減」というデータは、どこからでてきたのか。統計を読んでいくと、農業経営体のうち個人経営体の「基幹的農業従事者」の減少率が25.1%であり、これに相当することになる。では、この「基幹的農業従事者」とは何か。統計の定義によると「自営農業を主な仕事としている世帯員」とある。この複雑な定義を短い見出しにするのは、至難の業である。「農家」という言葉を使ったのも、理解できなくはないが、これでは正しい表現とはいえないだろう。
さて、上記のような数字をある程度知っているテレビのコメンテーターや元農林官僚の一部は、「農地の集約化」をさらにすすめるべきだと述べたり、「輸出の拡大」を図るべきだと提言している。昨年来の「米騒動」のなかでも、分散した農地を集約し、大規模経営体にして、生産コストを引き下げて、もうかる農業にすべきという論調が、あちこちで出てきたが、農村地域の現場を歩いていると、これらの議論には強い違和感を抱かざるをえない。
私のふるさとは、今回、「農家減少率」第2位となった富山県の砺波平野北辺にあたる。砺波散村地域研究所の仕事で、1990年代以来の散居村地域の農業・農村構造の変化を追跡してきた。散居集落では、2000年代までは農業の担い手が比較的よく残存しているだけでなく、法人経営をはじめとする大規模経営体の台頭が顕著な地域であった。ところが、2000年から15年にかけて、散居集落ではWTO協定等による米の本格的輸入開始や米価の下落によって、米を基幹とする農家経営が厳しくなるとともに、急速な非農家化が進行した。
就業機会についても、2000年代に入り、全体として商工業が縮小局面に転じ、サービス経済化が進行した。このことと併せて、農家世帯員の減少と高齢化が急速に進行し、散居集落において第二種兼業農家が大幅に減少する事態となった。散居集落では、それまで三世代同居が一般的であったが、それが大きく崩れていったのである。
非農家から法人経営体への農地の貸出が増え、大規模法人経営体が農業の担い手として一層大きな役割を占めるようになっていった。ただし、法人経営体が引き受けない農地は耕作放棄地となり、水田や里山の荒廃が実面積として進行し、鳥獣害も広がった。
さらに、地域を詳しく見ると、かなり危惧すべき地域社会の衰退が表面化した。具体的には、高齢者の独居・二人世帯、空き家の増加にともなう屋敷や集落機能の維持、あるいは福祉に関わる持続可能性の危機である。また、このこととも密接に関わる家屋や屋敷林管理の問題である。空き家や高齢単独世帯が増えるなかで、地方自治体がなんらかの支援をしなければならない局面となった。さらに、高齢者の交通、買い物、冬場の除雪に関わる困難が増している点も問題である。
さて、これが現時点でどうなっているのか。砺波平野だけでなく、どの地域においても農業経営体の動向だけでなく、地域住民の就業機会、子どもや高齢者の生活問題、自然災害やクマを含む鳥獣害への対応等、地域の状況を全体的に把握することが最も肝心なことである。一部の法人経営体が輸出で「もうかった」としても、その足元にある農村地域が崩壊し、米も手に入らないようになっては、元も子もない。
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