【農業改革、その狙いと背景】真の「国富」は豊かな国民生活に 岡田知弘・京都大学経済学研究科教授2014年9月25日
・安倍流「富国強兵」路線の一環
・多国籍企業の「稼ぐ力」優先
・TPP反対勢力を分断・封じ込め
・民主的組織原理、地方自治の破壊
・農林業の育成で生活できる地方を
安倍政権は、戦後の日本を形づくってきたさまざまな制度、仕組みを"改革"の名で壊し、変えようとしている。岡田知弘教授はこれを、民主主義と地方自治の危機ととらえ、本当の「国富」は、農山村に人が住み続けることのできる社会の実現にあると指摘する。
◆安倍流「富国強兵」路線の一環
第二次安倍内閣は、昨夏の参議院選挙で安定多数を確保して以来、一気呵成に戦後日本の「国のかたち」だけでなく「内実」までも大きく変えようとしている。それは、一口にいえば安倍流「富国強兵」国家づくりだといえる。
言うまでもなく、昨年の国家安全保障会議の設置、特定秘密保護法の制定、武器輸出の解禁、そして本年7月の閣議決定による集団的自衛権をめぐる「解釈改憲」等一連の動きは、第一次安倍内閣発足時に首相自身が標榜していた「戦争ができる普通の国」づくりに向けた「強兵」路線の一環である。
他方で、安倍内閣は、消費税増税による景気悪化が指摘されはじめた6月に、「アベノミクス」の「第三の矢」の具体策を、規制改革会議、産業競争力会議、経済財政諮問会議での議論を経て、「骨太の方針2014」として発表した。産業競争力会議による改訂版「日本再興戦略」では、「稼ぐ力=収益力」を最優先目標とし、そのための重点分野として雇用、福祉、医療、エネルギーと並んで、農業を据えた。
規制改革会議では、雇用、医療とともに農業の「岩盤規制」を、「ドリル」で「風穴をあける」ことによって経済成長を図ると強調された。いわゆる農協・農業委員会・農業生産法人の一体改革である。併せて、「国家戦略特区」制度によって、その前倒しも開始されている。
(写真)
岡田知弘・京都大学経済学研究科教授
◆多国籍企業の「稼ぐ力」優先
では、「日本再興戦略」の「富国」路線で、誰が「稼ぐ力」を強め、富むのか。それは一人ひとりの国民や農家、中小企業ではない。1996年以来、「多国籍企業に選んでもらえる国」としての「グローバル国家」を提言してきた経団連に結集している多国籍企業・巨大企業集団の「稼ぐ力」が本命であることは一目瞭然である。とりわけ今回は、2007年経団連ビジョン(通称、御手洗ビジョン)が求め、第一次安倍内閣期に積み残された、雇用、医療、農業の規制改革による成長戦略を前面に押し出している点が特徴的である。
しかも、農業改革との関係でいえば、震災前から対日要望事項として総合農協の解体や農地市場の自由化を求めていた米国政財界の要求にも応えたものであるといえる。当然、その行きつく先にはTPP(環太平洋経済連携協定)、あるいは日米FTAがある。
加えて、そのTPP交渉参加に際して、反対運動の先頭に立っていたのが、農協・農業委員会系統組織、そして日本医師会や、批判的労働組合であった。これらは、今回の安倍流「構造改革」のターゲットである、農業、医療、労働分野とほぼ重なっている。
さらに、TPPや道州制に猛烈な反対運動を展開している全国町村会等に対しては、増田元総務相らによる「地方消滅論」を最大限活用して揺さぶりをかけ、道州制を含む自治体の制度改革論が第31次地方制度調査会の場で開始されている。
◆TPP反対勢力を分断・封じ込め
これらの改革論には、TPP参加交渉が長引く中で、例えTPPが妥結しなくとも、日米FTA、規制改革等の実を確保するための最大の障害となっている反TPP陣営を牽制、分断、封じこめる政治的意図が込められているとみてよい。
だが、それ以上に留意すべき点は、安倍流「構造改革」が、戦後日本のなかで培われてきた民主主義制度・組織の破壊という、より深い問題領域に足を踏み入れたことである。
農業改革でいえば、戦後制度化された農協の協同組合原理、農業委員会の公選制の破壊という問題である。そのような視点から見るならば、春の通常国会で法改正がなされた、教育委員会を首長の下においた教育委員会制度改革、学長や学外利害代表者の権限を拡大し教授会権限を大幅に縮減した大学の「ガバナンス改革」とも、民主主義的な組織原理の国家による破壊という点で共通している。
◆民主的組織原理、地方自治の破壊
さらに注視すべきは、国家戦略特区制度である。昨年の法制定に続き、本年5月1日には5地区が一次指定された。このうち、新潟市と養父市が、農業委員会制度や農業生産法人等農業分野での特区を申請した。内容もさることながら、その仕組みが問題である。指定地域ごとに設置される国家戦略特別区域会議には、国、地方自治体の代表に加え、同地域で「特定事業を実施すると見込まれる者」が公募で入る形になった。本来、特定の地方公共団体のみに適用される法律は、憲法によって住民投票が義務付けられている。「特区制度」はこれを空洞化しているだけでなく、国や民間事業者も入った少人数の会議によって決定する仕組みであり、地方自治、とりわけ住民の主権の蹂躙である点に重大な関心を向けるべきである。特区を通して、養父市の場合には、オリックスをはじめとする農外資本の農業参入がすすめられている。
◆農林業の育成で生活できる地方を
特定秘密保護法やTPP交渉の秘密協定、マスコミの操作によって国民の知る権利を封殺しながら、住民の主権や自治体、大学、教育委員会、農業委員会の自治権を奪うことが、安倍流「富国強兵」国家の看過できないもうひとつの特質である。
他方で、先進国中最低レベルの穀物自給率の下でのTPP推進姿勢に示されるように、軍事面での「強兵」策には極めて熱心な安倍首相は、食糧安全保障には驚くほど鈍感である。
また、農業参入をねらう「稼げる」企業は、すべての耕作放棄地に張り付くわけではない。当然、選択と集中、そして移動がともなう。兼業農家や集落営農を切り捨てる農政が続けば、面的な国土保全機能の人的担保がなくなる。毎年のように水害、土砂災害が頻発する現代において、災害を抑止する国土づくりの基本は農林業の育成であり、農山漁村に人が住み続けることができる地方自治制度と地域産業政策こそ求められている。
最後に指摘しておきたいのは、3.11と福島第一原発事故によって、国民の価値観が大きく変わりつつあるということである。これは、「豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富」であると断じた大飯原発3・4号機差し止め訴訟における福井地裁の判決(本年5月)にも表れている。安倍流「富国強兵」論とは真逆の、この現代「国富」論を具体化することこそ、持続可能な地域、日本にしていくために必要な方向であろう。
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