農薬:防除学習帖
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(16)【防除学習帖】 第255回2024年6月22日
令和3年5月に公表され、農業界に衝撃を与えた「みどりの食料システム戦略」。防除学習帖では、そこに示された減化学農薬に関するKPIをただ単にクリアするのではなく、できるだけ作物の収量・品質を落とさない防除を実現した上でKPIをクリアできる方法を探っているが、そのことを実現するのに必要なツールなり技術を確立するには、やはりIPM防除の有効活用が重要だ。そこで、防除学習帖では、IPM防除資材・技術をどのように活用すれば防除効果を落とさずに化学農薬のリスク換算量を減らすことができるのか探っている。IPM防除は、①化学的防除、②生物的防除、③物理的防除、④耕種的防除の4つの防除法を効率よく組み合わせて、作物の生産圃場を病害虫雑草が生きて行きづらい環境、いわゆる病害虫雑草自身の生命活動を維持しにくい環境にすることで防除効果を発揮しようというものだ。このため、病原菌種別や害虫種別、雑草種別に使えるIPM技術を整理すると、作物が異なっても応用しやすくなるので、病害虫雑草別にIPM防除法の組み立て方を検討している。
今回から病原菌種とその増殖、侵入、伝染方法を明らかにしながら使用するIPM技術を整理してみようと思う。まずは、植物病害の大部分を占める糸状菌から整理を開始しようと思う。
1.糸状菌の種類
糸状菌とはいわゆる「かび」と呼ばれるもので、作物病害の病原菌の大半(約9割)を占める。糸状菌には、完全世代と呼ばれる有性生殖器官の形態によって、べん毛菌類(卵菌類)、接合菌類、子のう菌類、担子菌類の4つに分類されている。これに加えて有性世代が確認されていない菌類として不完全菌類があるが、これらの多くは有性世代が確認されれば子のう菌類になるものが多いと考えられている。以後、この菌類別に、増殖、侵入、伝染様式を紹介しながら、それぞれのステージ別の防除ポイントを明らかにしてみようと思う。
2.べん毛菌類の生態と防除ポイント
べん毛菌類の病害には、べと病や疫病、ピシウム菌による苗立枯病など、野菜作や畑作を中心に甚大な被害を引き起こすものが多く、重要な防除対象として位置づけられている。水の存在下で感染・伝染・蔓延が起こる為、梅雨時期などでの発生が多くなる病害でもある。また、感染から発病までの期間が短いため、発病がある程度進んでからの防除では蔓延を防止できないことが多く、予防的措置を中心とした防除が安定した効果を得るポイントである。
IPM防除を考える際には、耕種的防除、物理的防除を駆使して出来るだけ菌の密度を下げたり、感染の機会を減らしたりした上で、発生のピークに入る前から保護殺菌剤を中心とした予防散布を行うようにする。これによって、化学的防除の散布回数を減らすことが可能となる。
(1)べん毛菌類の増殖方法と防除のポイント
①べん毛菌類の増殖方法
べん毛菌類の体は単細胞か隔膜を持たない菌糸状の構造を持っており、分生子として運動性の胞子(遊走子)をつくり感染を拡大させる。遊走子は、遊走子嚢(のう)と呼ばれる袋状の器官が菌糸上につくられ、その中に遊走子が複数個納められている。第一次伝染源は前作の被害残渣の中の菌糸であり、温度・湿度など条件が整うと菌糸から遊走子嚢を形成し、雨水や灌水など水の存在下で遊走子を放出させて一次感染する。一次感染後は、感染した作物体上で遊走子嚢を次々に作り、水の存在下で遊走子を放出して増殖(感染拡大)していく。
なお、極めてまれに有性世代を経て卵胞子をつくるが、通常認められることはない。
②べん毛菌類の増殖を防ぐための防除ポイント
べん毛菌類の第一次伝染源は、前作の被害残渣中の菌糸であり、これが被害残渣上に遊走子嚢をつくって感染拡大のもとになる。このため、被害残渣、特に病斑のついた葉などは綺麗に取り除き、適宜圃場外に出して処分する。全ての被害残渣を取り除くことが難しくても、被害残渣の量を極力減らすことで菌の密度を減らすことができるので、それはそれで効果がある。
また、施設栽培であれば、被害残渣を土壌表面に並べて被覆し、施設を密閉させて太陽熱による蒸し込み処理を行うと一定の効果がある。これは、コナジラミ類など微小害虫退治に使用される方法であるが、菌の場合、残渣内温度が60℃10分間以上を保てないと殺菌効果が得られないため、場所や残渣の堆積具合によって殺菌効果が不十分な場合がある。このため、蒸し込みを実施した場合でも、終了後は、被害残渣を漉き込むことなく綺麗に圃場外に出して適切に処分した方が良い。
[防除ポイント1] 被害残渣をできるかぎり丁寧に集め圃場外に出して処分する(物理的防除)。
[防除ポイント2] 被害残渣の蒸し込み処理も一定の効果あり(物理的防除)。
(ただし、処理終了後に残渣を全て搬出する)
(2)べん毛菌類の侵入方法と防除のポイント
遊走子はべん毛と呼ばれるシッポ状の運動器官を動かして水中を泳ぎ回り、作物の気孔や傷口などの開口部に到達した後にべん毛を失い、発芽して菌糸を伸ばして侵入する。
このため、開口部、特に傷口をつくらないことが重要であり、管理作業などは丁寧に行って傷口をつくらないよう注意する。
[防除ポイント3]管理作業は丁寧にして傷口をつくらないように注意する(物理的防除)。
[防除ポイント4]露地栽培で暴風雨による傷が発生する恐れがある場合は事前に保護殺菌剤による予防的防除を実施する(化学的防除)
(3)べん毛菌類の伝染方法
作物の被害残渣内の菌糸が遊走子嚢を作って遊走子を放出し一次伝染源となる。こういった、べん毛菌類の1次伝染源を含む土などが雨水や灌水などによって跳ね上がり、作物の葉裏などに付着して、開口部で遊走子が発芽して侵入して感染する。
このため、マルチングや敷き藁により土からの雨水等の跳ね上がりを防止することが大きな効果を発揮する。また、灌水方法も点滴灌水など土壌の跳ね上げが無い灌水方法を採用すると効果がある。
[防除ポイント5]マルチや敷き藁を行って泥跳ねを防ぐ(物理的防除)。
[防除ポイント6]灌水方法を泥跳ねしない方法にする(物理的防除)。
[防除ポイント7]抵抗性品種がある場合は抵抗性品種の作付けを行う(耕種的防除)。
[防除ポイント8]保護殺菌剤を中心とした早めの予防散布並びに、作用機構の異なる殺菌剤によるローテーション防除を徹底する(化学的防除)。
(つづく)
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