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コラム:グローバルとローカル:世界は今

【三石誠司 宮城大学教授】

2018.08.10 
【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】(094)「お盆」あれこれ一覧へ

 最近、信じられないことだが『日本書記』を良く見る。大学の図書館から借り出して何かの時に参照しているが、自宅でも確認したい時があるため、岩波文庫5冊セットを中古で購入した。これも信じられないことだが、本体は5冊で570円、送料が1400円で合計1970円、届いた本は中古本とはいえ「極めて良好」な状態だ。

 現代日本人の多くは『古事記』や『日本書記』について名前は知っていても、実際に読む人は少ないと思う。筆者自身、中学・高校の古文や歴史で軽く触れた程度であった。ところが、この仕事をしているうちに職業上の習慣というかクセができたようで、何事も時間を見つけて原典を確認するようになった。その結果、日本の場合、良くも悪くも『日本書記』と『古事記』に行きつくことが多くなり、手元に必要になった次第である。
 例えば、来週からは「お盆休み」になる。この「お盆」について、調べる場合、まずは現代人の優雅な嗜みとして「ネット検索」を行う。ネットで概要を把握すると、多くのサイトでは、「日本では推古天皇の14年(606年)、に毎年4月8日と7月15日に云々...」という記事が見つかる。そこで『日本書記』(岩波文庫版、第4巻、461頁)を見ると、確かに、以下の記述がある。
 
 自是年初毎寺、四月八日七月十五日設斎

 書き下し文(同106頁)では、「是年より初めて寺毎に、四月の八日、七月の十五日に設斎す」とあるが、これは「ことしより、初めて寺ごとに、四月のやかのひ、七月のもちのひにをがみす」という読み方が記されている。
 注によると、四月八日(やかのひ)は、「灌仏会のはじめとされる。灌仏会は四月八日、釈迦の降誕を祝して行う法会」とある。これはなるほどと頷くしかない。
 また、陰暦では15日を「十五日(もちのひ)」というが、これは万葉集(もちのひに、いでにし月の高々に...)を思い出す。そして7月15日は「盂蘭盆会(うらぼんえ)のはじめとされる。盂蘭盆会は、「もと安居の終った日衆僧を供養する儀式。後に七月十五日祖先の霊に供え餓鬼に施す法会」とある。
 注の注を付ければ、安居は「あんご」と読み、もともとはインドにおいて雨季(4~5月から3か月)の間、僧侶達が1個所に集まり、外出せずに修行することと言われている。「安居」そのものが雨季のことを指すようだ。文字通りに考えれば4~6月に安居して、7月に盂蘭盆会となるが、現代のインドでは4~6月は暑気、7~9月が雨季のため、少しずれがある。『日本書記』の記載は旧暦のため、「七月十五日」は8月15日のことになる。まあギリギリか。

 

  ※  ※  ※

 

 もっとも、この盂蘭盆会が日本の「お盆」の始まりかどうかは断定できないようだ。音的には「盂蘭盆」から派生というのはわかりやすいが、供物を載せる容器そのものも「お盆」であるし、元々「お盆」そのものは仏教の行事でも、仏教伝来以前から先祖の霊を祀る行事は恐らく日本各地に存在していたであろう。また、旧暦7月、つまり現代の8月は養蚕等の農閑期ということもこうした行事を行うのに適していたのではないかと考えられている。
 ところで、地獄で罪人を責める鬼たちの職場環境や労働時間を考えると、24時間営業、現代流に言えば超絶ブラック企業の労働者だが、その地獄の窯も年に2回は休み(窯が開く)になると伝えられている。道教では亡者を茹でる地獄の窯は、旧暦七月朔日(ついたち)つまり窯蓋朔日(かまぶたついたち)に開き、十五日に閉じると言われているようで、この期間に祖先の霊がふるさとに帰るということのようだ。

 

  ※  ※  ※

 

 「お盆」は、インドから出た仏教の考え方と、中国の思想、さらに日本の伝統的な神道の考え方などが融合したもののようだが、筆者に詳細はわからない。さらに、盂蘭盆会はサンスクリット語で「ウランバナ(逆さづり)」、古いペルシャ語で「ウルヴァン(霊魂)」と言うようだが、こちらも筆者には正確な発音はわからない。ただ、お盆と言えば、お釈迦様の弟子である目連尊者が地獄で責められ苦しむ母を救いたいとお釈迦様に聞いた際、修行が終わった7月15日に母親が生きていたときにできなかった良いことをせよ言われ、食べ物を用意し困っている人々に提供したところ、母親が極楽へ行ったという説話は大昔どこかで聞いた記憶がある。
(来週はコラムの窯蓋も開くようでお休みです。)

 

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