【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第58回 牛馬による耕起・代掻き2019年6月27日
腰を曲げた労働といえば鍬での耕起、整地があるが、私の子どものころは牛馬による耕起となっており(私の生家の地域は牛耕だった)、鍬の利用は畑の整地や畝立てなどのときが中心で、田んぼでは畔塗(くろぬ)りのときだけ使用されていた。4月上旬、雪解け水を含んで柔らかくなっている田んぼの土を鍬で取って畦道の壁に塗り付けて整備すると同時に水が外に漏れないようにするのである。
なお、苗代田のように区画が小さく、水をたっぷり含んでいて牛耕のしにくい田んぼは三本鍬(これは優れものだった)で耕した。それから牛のいない零細農家は普通の田んぼも三本鍬だ起していたが、全体から見ればわずかだった。
田んぼ一面じゅうたんを敷き詰めたようにスズメノテッポウが群生するころ、田起こし(耕起)をする牛や馬が後ろに犁(すき)をつけて田んぼを行ったり来たりしていたものだった。田んぼの表面は乾いているが、下の土は湿っている。鋤(す)き起こした田んぼの黒い土のなかからときどきどじょうが出てきたりする。時には犁の刃先で胴体が切られたどじょうまで出てきて、私たち子どもは大騒ぎしたものだった。また、モズなどの鳥が田んぼに降りてきて、土の中から鋤き起こされて外に出された虫などを探し、またついばみながら、ちょこちょこと歩いていた。
なお、私の小さい頃は、犁へらの向きを変えて両方に土をひっくり返すことのできる「双用犁」が用いられていた。
この畜力耕も親の付き添いのもとにときどきやらされたが、これは難しかった。犁の刃先を土にきちんと刺し込もうとしても力がないのでなかなかできず、土の表面が削れるだけになったり、深く差し込むと今度は動かず、うまくいったと思うと牛の速さについていけず犂が倒れてしまったりと大変だった。本格的に覚えさせられる時期には動力耕運機が導入されたので、結局はまともに覚えずに終わってしまった。
鍬き起こした田んぼの土が乾く頃、ハローやマンガンなどの砕土機を牛馬につけてひかせ、細かく土を砕き、また田面を均平にする。このマンガンは生家の近くで使われている言葉で、全国的には「マンガ」と言われていたとのことである。それにしても何で外国語のような変な名前がついているのか、何で「漫画」なのかと子どものころは不思議に思ったものだが、そもそもは「馬鍬(まぐわ)」のことで、どうしてか知らないがそれがマングワと呼ばれ、やがて詰まってマンガとなり、これもどうしてかもっとわからないが生家のある山形ではマンガンとなったようである。
田植えの直前には、その田んぼに水を張り、牛が馬鍬で土をさらに細かく砕き、ていねいにかき混ぜて、田んぼの土を平らにする代掻き作業だ。これも男仕事だが、そのさいの牛馬の「鼻取り」には女・子ども・年寄りが従事した。牛につけた手綱(たづな)に竹竿を取り付け、女もしくは子どもがそれを持って牛を誘導し、まんべんなくていねいに代掻きができるようにするのである。この鼻取りは田植えの時の子どもの重要な仕事だった。前回登場してもらったTKさんも毎年鼻取りをさせられた、それも馬耕地帯だったために馬力のある馬の鼻取りだった、泥に足をとられながらそのスピードについていくのが子どもには大変だったという。
しかし、私は鼻取りをしたことがない。馬鍬(マンガ)で代を掻く役割と牛を繰る役割の両方を父が一人でしていたからである。つまり、一般的には両手で馬鍬を土に強くおしつけてかきまわさなければならないので牛を操ることはできず、それで鼻取りが必要となるのだが、父は両手で馬鍬を操作しながら右手にもった手綱で牛も繰っていたからである。
といっても、一度だけ鼻取りをしたことがある。それは事情があって土地を手放さざるを得なくなった近所の農家から購入した小区画の三枚の田んぼを一枚に、つまり区画整理をしたときのことである。
畦畔をとってこれまでの田んぼの段差をなくすのだが、田面を完全に均平にするためには代掻きを徹底して行わなければならない。そのさいには田面の凹凸を見つけながらかなり強く馬鍬を土に押しつけて平らにしなければならず、普通のように一人ではすべてできない。そこで父は祖父と母に鼻取りをしてもらっていたのだが、私も父からやってみろと言われて30分くらいやってみたのである。まったく役に立たなかった。どこを歩けばいいか考えているうちに牛は動くし、牛についていくと同じ所だけ行ってしまう等々大混乱、目が回って気分が悪くなってしまったのである。鼻取りでさえこうなのだから、代掻きそれ自体の大変さは推して知るべしだった。
耕起・代掻き、ともに重労働だが、とりわけ泥の中を牛とともに駆けずり回る代掻きは大変だった。
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