【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第87回 結束用としての稲わら2020年2月13日
今は稲の刈り取りと脱穀が同時に自脱コンバインで一気になされ、籾摺りはカントリーエレベーターの施設等でなされるようになっている。だから、今の50歳代より若い世代の方はかつての脱穀機・籾摺り機を見たことのない方もおられるだろう。ということもあってこれまでつたない説明をさせてもらったのだが、この脱穀の過程で出てくる副産物の稲わら、これはかつて農業・農家ばかりでなく、商工業や国民の生活に不可欠なものだった。そこでちょっとの間この稲わらの話をさせてもらい、戦後の機械化に関してはまた後ほど述べさせていただきたい。
前回述べたように、刈り取って束ねられた稲束は脱穀機で籾とわら束とに分離されるが、そのわら束はまた大きく束ねられ、生家の場合は小屋の東側に順序よくきれいに積み重ねられる。天井に届いたらその前にまた積み重ねられる。それでもまだ残る場合は家の前の畑や湿気の少ない田んぼにきれいに積み上げる。そして大事に保存され、利用され、加工されたものだった。稲わらは農家の生産資材として、生活資材として必要不可欠であると同時に、都市住民の生活や商工業でも不可欠のものとして広く利用されていたからである。かつての北海道の入植者が米をつくりたいと念願し、つくろうと努力してきたのは、主食としての米の確保のためだけでなく、それ以上に生産・生活資材としての稲わらの確保が目的だったと言われていたことからもそれがわかろう。
『わらしべ長者』という有名な民話がある。この話は稲わら一本たりとも粗末に扱うな、どんなにつまらないものでも大事にしろと子どもたちに教えている。しかし、かつて稲わらはつまらないものなどではなかった。きわめて貴重なものだった。だからこの話は稲わらの大事さを教えているものでもあったと私は考えている。
言うまでもないが、この話はある貧しい若者が転んだときに偶然手にした一本のわらで飛んできたアブを縛ることから始まって幸運に恵まれ、長者になるという話だが、このように稻わらはそれ自体でものを縛ったり、束ねたり、つないだりする資材として大きな役割を果たしてきた。
一例をあげれば、田植えのときの苗引きだ。苗引きをする人が苗代から右手で抜いた苗を左手に取り、一定の量になったら、背中にさしておいた稲わらの束からわら一本を取り出し、それで苗を結んで束ねる。こうして苗が束ねられているから本田への運搬もしやすく、田植えもしやすい。わら一本、目立たないが、結束用として田植えというきわめて重要な作業を円滑に進める大きな役割を果たしたのである。
このような結束用としての稲わらは畑作物にも用いられた。たとえばほうれん草やねぎなどの葉野菜の一定量をわらで束ねて運搬・販売しやすくするために使われ、刈り取った麦や枝豆用に引っこ抜いた大豆の茎葉を束ねるときにも稲わらを使った。
稲わらは細く、中が空洞ということもあって柔らかく、軽く、変形させやすく、しかも丈夫なので、わらの本数さえ増減すれば大きいものも小さいものも、重いものも軽いものも結束し、運搬することが可能であり、きわめて便利な素材だったのである。
しかも稲作農家にとっては自家生産だからお金はかからない、ましてやよかった。
稲わらのこうした性質を利用して、自力でまっすぐに成長することのできないキュウリやササゲなどの蔓野菜や蔓植物の茎葉を柴や細竹などの支柱に結びつけ、その生長を助けると同時に、管理や収穫がしやすいようにする資材としても用いた。
なお、その昔の私の故郷(山形内陸)では 「かき餅」を乾燥させるために縛って吊るすのにも稲わらを使った。
私の子どもの頃(戦前)、正月は新暦でなされるようになっていたが、それでも旧暦のお正月も同じように餅をついて祝った。そのときついた餅の大半は、薄く四角に切り、それをわらで何個か交互に括り結んで(この括り結び方、うまく説明できないのが残念だが、よく考えたものだと思う)長くして屋外に吊して干し、からからに乾燥させた保存食の「かき餅」だった。焼くか油で揚げるかしてふくらまして食べるのだが、これはおやつ用、さくさくしてうまかった。なお、このとき、米選機で選別された屑米や砕米のうちの相対的に粒の大きいうるち米に餅米を少し入れて「くだけ餅」をつき、これもかき餅にした。色が黒くておいしくはないが、油で揚げたりすると香ばしく、脂肪分の少なかったその昔の子どもの好物だった。
ワラで括り結んで吊すと言えば「凍み豆腐」がある。寒いけれども雪のあまり降らない乾燥した太平洋側(たとえば宮城県)の農村では冬期間に自家産の大豆で豆腐をつくり、それを凍み豆腐にして保存し、年間の植物蛋白源として食べたのだが、真冬、明日は晴れて気温が低くなり、氷が張りそうだというような晩、豆を仕込み、翌日はたくさん豆腐をつくる。そしてよく水を切って豆腐を適当な大きさに薄く切り、竹を編んでつくった平らな四角の大きなざるの上に並べ、夜になると外に出して凍らせる。翌朝、その凍った豆腐を稲わらで数個ずつ結んで連ね、それを竹竿に吊るして干す。するとまた夜に凍り、昼は陽の光で溶ける、これを何日か繰り返すと、水分は完全に抜けてスポンジのようになり、つまり乾物となり、凍み豆腐の完成となる。
このようにわらはきわめて便利だったのだが、限界もあった。わらの長さ、太さに制約されるので束ねたり、結んだりするのに短かかったり、がさばったり、弱かったりするのである。そこでつくられたのがわら縄だった。
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