米価維持の前提は崩れているという農水OBの主張【熊野孝文・米マーケット情報】2021年9月7日
一般社団法人農政調委員会から出版された『米産業に未来はあるか』。農水省の事務次官OBや現役国会議員、大手コメ卸の経営者、大規模稲作生産者、大学教授、コメ加工食品メーカーなど30人を超える方々が執筆している。この本の中で元農林水産省審議官の針原寿朗氏(現・住友商事顧問)が「無理な米価維持政策から早期に脱却を」と言う一文を寄せており、この中でこれからの30年で重要になるコメ政策の企画案として5つのポイントをあげている。針原顧問に話を聞いてみた。
ポイント(1)は「マーケットベースの政策に転換し、民間の創意工夫の活性化」で、▽市場歪曲的政策の廃止(飼料用米助成等)▽民間のAI活用型市場創設を支援▽市場と連動した収入保険の充実
ポイント(2)は「グローバル展開により、市場とビジネスの規模を拡大」で、▽在留・訪日外国人向けマーケットの開拓▽コメ加工品の輸出促進▽コメ業界の海外展開支援
ポイント(3)は「イノベーションで、他の分野との新結合により、産業の成長力を向上」で、▽畑作技術で水田農業を革新(低コスト化)▽石粉粉砕技術で米粉を製造し粉食コメ文化を普及▽第4次産業革命推進分野との連携
ポイント(4)は「バリューチェーンで、生産と消費の結びつけを強め、産業の安定を確保」で、▽JA米事業改革と業界再編による流通の簡素化▽DX促進による生産と消費の連結▽ウイズコロナ時代のビジネススタイルへの転換
ポイント(5)は「プロフィットプールで、利益の源泉を見極め、産業全体としての収益力を向上」で、▽産地にコメ産業クラスターを形成▽コメ輸出から加工品輸出への転換
針原顧問は、これらの企画案は1999年に制定された食料・農業・農村基本法に沿ったものであるという。そこには「農産物の価格が需給事情及び評価を適切に反映して形成されるよう、必要な施策を講じるもの」とするとある。これは「価格は需給と品質で決まるのだから、必要な施策は講じない。マーケットを重視する」と読み取れる。つまり基本法でもコメはマーケットを中心とした生産・流通を考え、マーケットが健全に育成されることを政策として支援、マーケットには介入しないという事であったとしている。
さらには、コメ政策の前提が大きく変化しており、早急な見直しが必要だと主張する。以前のコメ政策の前提は「主食であるコメの消費は価格が変化しても変わらない」と言う事であったが、実際には「コメの価格維持により消費が減少し、産業規模全体が縮小」。また「米価が下がれば専業農家からコメ作りを止めて行く」と言う事であったが、実際には「優秀な農業経営者ほど、価格変動に対するリスクマネジメントを意識」とし、米価維持の前提は既に崩れているという。
前提が崩れているのに「市場を顧みない無理な価格維持政策は罪でしかない」と断じている。その思いの背景には自らがかかわった2002年の生産調整研究会で減反廃止が決まり、農業団体も同意したことから「コメを神棚から卸すこと」に成功したはずであったが、それが大頓挫して、実質減反継続の飼料用米政策になり、現在まで続いている。
それにしてもなぜこれほどまでにコメ政策は混迷した状態が長く続いているのか? それについては「コンセンサス作りを阻む政策理念と対立」があるためで、守旧派は「米価の安定が一番重要で供給を絞り込む政策を継続すべき」で「飼料用米の増産により供給量をコントロールしていこう」という立場であるのに対して、改革派は「米価はマーケットで決まるもので、経営支援と構造改革が政策の基本」で「市場への政策介入をやめて需要に応じたコメ作りを推進」するという立場。この二つの理念が対立して両方に配慮した政策スタンスを取らざるを得ない中途半端な状況になっていると見ている。
『米産業に未来はあるのか』の本に針原顧問は「米価維持の前提は既に崩れている」と見出しを掲げ、自らの見方を記しているが、この見出しを見た時に人気のコミックの決め文句を思い出した。その決め文句とは「お前は既に死んでいる」。改革派にとっては米価維持の前提が崩れているのであれば、マーケットに則したコメ政策が自然に行われるのが当たり前である。しかし現実はコメ本上場が不認可とされたように死んだはずの勢力から見事に覆されている。この現実をみると北斗の拳はよほど威力がなかったのだろうと思うしかない。
針原顧問が示した政策企画案は30年前に着手してこそコメが産業になるべき道であったのではないか? 現状の散々たるコメ情勢をみるとそう思わざるを得ない。
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