【鈴木宣弘:食料・農業問題 本質と裏側】食料・農業危機の深刻化にどう立ち向かうか2023年12月21日
以下の議論は、最近のテレビ番組のために準備した発言要旨である。
●日本の「食」「農業」の現状と課題は
食料はいつでもお金を出せば輸入できる、それが食料安全保障かのように言われてきたが、それは通用しなくなってきた。頼りの国内生産は、コスト高を販売価格に転嫁できず、赤字に苦しみ、廃業が増えている。
農家の平均年齢が68.4歳という数字は、あと10年足したら、日本の農業・農村が崩壊しかねない、ということを示しており、さらに、今、コスト高で崩壊のスピードは加速している。
消費者は「農家は大変だよね」と他人事のように言っている場合ではない。海外からの輸入が滞ってきたら、自分達が食べる物がなくなり、命を守ることができないということだ。
つまり、農業問題は農家の問題を超えて、消費者自身の問題なのだ、今こそ認識しないといけない。少々コストが高くても、国内で頑張っている農家と支え合うことこそが、自分達、子供達の命を守る一番の安全保障なのだ。
●担い手の確保は
コストに見合う価格が形成できずに、経営を継続し、次世代に引き継ぐことが難しい状態が続いている。
まず、買い叩きビジネスをやめることが不可欠だ。コメは、1俵の生産コストが1.5 万円なのに、米価は1.2万円前後、少なくとも3千円の赤字が生じて、生産が減っている。流通・小売り業界は、買い叩いて一時的にもうかっても、農家が激減したらビジネスができなくなる。消費者は安ければいいと思っていたら、食べるものなくなる、ということを理解する必要がある。
自分で価格設定できる販売ルートの確立が必要だ。例えば、直売所。しかし、直売所だけでは小遣い銭稼ぎくらいにしかならないといわれてきたが、いくつもの直売所を転送システムでつないで、多い人は1億超え、1000万以上の売り上げ農家が300戸にもなっている直売所の仕組みもある。
核になるような経営が地域の農地の多くを受け持ってくれることは大事だが、半農半Xのようなスタイルも含め、多様な経営の共存で、はじめて地域コミュニティが成立する。あぜ道や水路の管理などの周辺作業を兼業的な農家が受け持ったり、若い参入者が耕作放棄地で自然栽培を始めたり、いろいろなやり方がある。みんなで地域を守ろうとする集落営農などの取組みも重要だ。そこに消費者も参画してほしい。
だから、担い手を政策が「選別」しないてほしい。農家が政策を「選択」できることが重要だ。多様な経営体が多様なスタイルで頑張っている。それぞれが自分に合った支援策を選択できるようにすべきである。
また、輸出の可能性も選択肢だが、国内供給がままならないときに、輸出に力を入れれば未来がバラ色かのような議論がなぜ出てくるのか。まず、国内生産をどう確保できるかが先である。さらには、スマート農業の推進も可能性を持っているが、今の農家の苦境を一気に改善できるレベルにはなっていない。
有事立法の議論も、今苦しんでいる国内生産者を支える政策がみえないままで、いざというときだけ命令に従って増産しろ、という話だけが先行するのは理解ができない。
●農家をどう守るのか
▼畜産・酪農を取り巻く現状をどう見るか
酪農家は牛乳1kg搾るために30円赤字、取引乳価も上がったけど、まだ少なくとも10円以上の赤字、ローンが返せずに急激なスピードで廃業が進んでいる。本当にお子さんに牛乳が飲ませられなくなる事態になりかねない。
▼飼料の安定供給をどうするか
日本で生産力の大きいコメの活用を拡大することが期待される。牛でも加工の仕方でコメをかなりトウモロコシの代わりに給餌できる。水田を水田として維持しておくことはいざというときの安全保障としても有効であり、安易に畑地化を進めることには疑問がある。
●政府の役割は
▼スイスなどの最低収入を保障する仕組みをどう見るか
日本では農業所得の30%程度だが、スイスやフランスでは所得の90~100%が補助金だ。命を守り、環境を守り、地域コミュニティを守り、国土・国境も守っている産業は公益事業であり、国民がみんなで支えるのは欧米では常識、それがおかしいことかのように思わされている日本こそが非常識と言ってもよい。
学校給食の地元産や近隣産地の安全で美味しい農産物の自治体による公共調達、買い取りの仕組みが広がりつつあることは期待される。特別栽培米1.7万円、有機米2.4万円とかで自治体が買取ってくれるので、農家にとって、安定した出口と安定した価格が提供され、しかも、子供達の健康を守るというやりがいがある。
水田があり、コメができることは命の安全保障の要であり、地域コミュニティも、文化も守り、洪水も止めてくれる。こうした公共的な機能への対価は価格に反映できていない。だからこそ、その役割に対しては、国民から集めた税金から政策的に農家に直接支払いする、という政策が必要になる。
イタリアのロンバルジアの水田の話が象徴的である。水田にはオタマジャクシが棲める生物多様性、ダムの代わりに貯水できる洪水防止機能、水をろ過してくれる機能、こうした機能に国民はお世話になっているが、それをコメの値段に反映しているか。十分反映できていないのなら、ただ乗りしてはいけない。自分たちがお金を集めて別途払おうじゃないか、という感覚が税金からの直接支払いの根拠になっている。
▼日本における所得補償の是非
農家に必要な額と売値との差は、コメで1俵3,000円、酪農でkg10円、国が補填したら、コメで3500億円、酪農で750億円、そんな金あるわけないと財政当局に言われておしまいになるが、武器を買うのに何十兆円もかけるなら、命を守る食料こそ、安全保障の一丁目一番地、3500億円、750億円をかけることの妥当性は理解されるのではないか。
このような標準的な販売価格が標準的な生産コストを下回ったときの補填は米国型の不足払い制度に近く、石破茂農水大臣が一度提案され、民主党の個別所得補償制度にも近い仕組みである。
中国は14億人の人口が1年半食べられるだけの穀物備蓄を進めている。日本もコメを中心に増産してもっと備蓄したらよい。費用が掛かりすぎると言うが、不測の事態に命を守るのが「国防」なら、食料こそ、国防、安全保障の一丁目一番地だ。武器購入に何十兆円もかけるなら、国内食料生産・備蓄に何兆円かけても、そちらが先ではないか。
▼消費者にできることは
スイスの卵は国産1個60~80円もする。輸入品の何倍もしても、それでも国産の卵のほうが売れていた(筆者も見てきた)。小学生くらいの女の子が買っていたので、聞いた人(元NHKの倉石久壽氏)がいた。その子は「これを買うことで生産者の皆さんの生活も支えられ、そのおかげで私たちの生活も成り立つのだから、当たり前でしょう」と、いとも簡単に答えたという。日本の消費者もこうありたい。
地域の住民や近郊の消費者などの中には、自分たちも生産にかかわりたいという声が強まっている。農家と住民一体化で耕作放棄地は皆で分担して耕す仕組みも重要である。
母親グループが中心となって親子連れを募集して、楽しく種蒔き、草取り、収穫して耕作放棄地で有機・自然栽培で小麦づくりし、学校給食を輸入小麦から地元小麦に置き換えていった実践事例もある。
こうした消費者と生産者がつながって、一緒に作って一緒に食べるような、トフラーがprosumer (producer + consumer)と名付けたような生産者と消費者の一体化による地域循環的な自給圏が各地に構築にされ、拡大することにも期待したい。
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