過去への回帰-「昔はよかった」-論の展開【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第294回2024年6月6日
もうその昔の話しになってしまったが、今から半世紀近く前の1980(昭55)年、東北地方は厳しい冷害に襲われた。76(昭51)年にその予兆を思わせるような冷害はあったけれどもそれほどひどくなく、したがってこうした冷害は1954(昭29)年以来、四半世紀ぶりだった。しかもそれは83年まで続いた(後の3年は80年ほどの減収ではなかったが)。
80年の晩秋、マスコミがこの冷害に関してこんなことを大きく報道し始めた(あの頃はまだ食料、農業、農村をマスコミは重視しており、記事も多かった)。
このきびしい冷害のなかでも何とか米をとった篤農家がいる、こうした農家は土づくりをきちんとしており、きめ細かい管理をしていると。
そこからさらに進んで、化学肥料・農薬に依存するいまの農業が冷害をもたらしたのだ、かつての堆肥を基礎にした農業技術、有機農業・多労農業への回帰が必要だ、こう主張するものもでてきた。
こうした昔への回帰を唱える考え方は、農業近代化路線の矛盾がさまざま現れてきた1970年代初頭から展開されるようになっていた。そして70年代後半には学者、評論家、ジャーナリストの一部から次のようなことすら言われるようになった。
最近の農村の荒廃は、農民が高度経済成長に目を奪われ,便利さと効率のみを追求して機械化・化学化を進め、農村のよさや自給経済を忘れて都市生活者と同様の所得第一主義に走り、そのために商品生産に力を入れたり、労賃を求めて農外に出ていったりしたところに原因があると。
つまり今の農家の考え方ややり方に冷害の原因、農村、農業の荒廃の原因がある、というのである。
そして次のように続ける。
それにひきかえ昔の農業、昔の家族複合経営は、そして「むら」はよかった、堆肥を基礎にした昔の農業技術、有機農業はよかったと。
そして機械化、化学化、規模拡大等を全否定し、昔に帰れとまで言う。
さらに続けてこうも言う。
「自然味のあふれた農村、ロマンとメルヘン、ゆとりとやすらぎのある農村、この農村を見直せ」
「昔に帰れ、土に帰れ」
「経済合理主義から生き甲斐主義へと価値観を変えよ」
これを聞いたとき、私はイソップ童話の『田舎のネズミと町のネズミ』を思い出した。
田舎のネズミがあこがれの町に出かけた、町のネズミの暮らしは豊かだった、しかし大変危険なところでもあった、それで田舎のネズミは田舎に帰ってゆったりした暮らしをすることにした、ご存じのようにこんな話なのだが、これと同じことを言っているだけではなかろうか。
田舎のネズミと同じように、農家は都市の豊かさにあこがれるのをよそう、田舎に住み、貧しい生活であってものんびり暮らした方がいいのだ、と農家に説教しているのと同じではないのか。
貧乏でものんびり暮らすことができれば、心が豊かであれば幸せなのだと言うのだろうが、なぜそれと同じことを都市住民には言わないのだろうか。都市の人間も豊かさを追求してはだめなのだ、貧しくとも心豊かに暮らすようにすべきだと言ったらいいではないか。なぜそれを農家だけに要求するのか。
農家は貧乏でもかまわない、貧乏なのが当然だから、農家に対してのみそういうことを言うのだろうか。
そもそも農村で、農業で生活できなくさせられている状況のもとでは、農村にゆとりとやすらぎ、ロマンとメルヘンなどあるわけはない。ゆとりとかやすらぎとかは生活の安定なしには生まれないのである。食えなければ生き甲斐だって出てこない。その条件なしに、つまり生活安定の基礎たるべき農業の発展条件なしに、農業に戻れ、農業にはゆとりとやすらぎがあるというのは、農家に貧乏をおしつけることにしかならない。農村はいいところだから農家は貧乏でもがまんしろということにしかならないのではなかろうか(次回に続く)。
重要な記事
最新の記事
-
【人事異動】農水省(9月1日付)2025年9月1日
-
「コシヒカリ」3万円 集荷競争過熱に対応 全農いばらき2025年9月1日
-
コシヒカリ2万9100円 激しい集荷競争背景 JAほくさい2025年9月1日
-
9月の野菜生育状況と価格見通し トマト、ピーマンなど平年を上回る見込み 農水省2025年9月1日
-
千葉農業機械大展示会 10月24、25日に開催 50回記念で一般客も来場促進 JA全農ちば2025年9月1日
-
共同購入コンバイン整備研修会を開催 実機で特徴・性能や点検・整備方法を学ぶ JA全農おかやま2025年9月1日
-
そごう横浜店で「徳島のすだちフェア」 9月7日まで開催 徳島県すだち・ゆこう消費推進協議会2025年9月1日
-
「北関東3県魅力度向上キャンペーン」茨城県・栃木県・群馬県の新米頒布会を実施 JA全農2025年9月1日
-
「福岡県産シャインマスカットフェア」みのりカフェアミュプラザ博多店で開催 JA全農2025年9月1日
-
【今川直人・農協の核心】全中再興(5)2025年9月1日
-
食料・農業・地域政策推進山形県要請集会に参加 JA鶴岡2025年9月1日
-
秋元真夏の「ゆるふわたいむ」甲州牛と山梨ワインでバーベキューを堪能 JAタウン2025年9月1日
-
【人事異動】日本農業新聞(9月1日付)2025年9月1日
-
ブラウブリッツ秋田との「元気わくわくキッズプロジェクト」 梨収穫・稲刈り体験の参加者募集 JA全農あきた2025年9月1日
-
【人事異動】全国酪農業協同組合連合会(9月1日付)2025年9月1日
-
9月の飲食料品値上げ1422品目 秋に大規模な値上げラッシュ 帝国データバンク2025年9月1日
-
「令和7年度実用新技術講習会及び技術相談会」開催 農研機構2025年9月1日
-
オンラインセミナー「身近な機械のメンテナンス方法をおさらいしてみよう!」開催 農業女子メンバーらが参加 井関農機2025年9月1日
-
令和7年度岡山県花き共進会を開催 最優秀賞は新見市の黒笹明氏 岡山県花き生産協会2025年9月1日
-
富良野市、新篠津村、帯広市「企業」と「地域」つなぐ農業体験バスツアー開催 北海道2025年9月1日