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【地域を診る】東日本大震災15年 「人間の復興」から「人間性の復興」へ 京都橘大学学長 岡田知弘氏2026年3月11日

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今、地域に何が起きているのかを探るシリーズ。京都橘大学学長の岡田知弘氏が解説する。東日本大震災から15年。復興の意味が改めて問われている。福田徳三の「人間の復興」論を手がかりに、「人間性の復興」という視点から復興のあり方を考える。

京都橘大学学長 岡田知弘氏_sum京都橘大学学長 岡田知弘氏

東日本大震災から15年が経ち、再び「復興とは何か」が問われている。私が災害復興研究で長く指針としてきたのは、関東大震災の折に東京商科大学(現・一橋大学)教授であった福田徳三が提唱した「人間の復興」論である。

福田は、学生と実施した被災者調査をもとに、当時、政府が推進しようとしていたハード重視の「帝都復興」論を批判し、「私は復興事業の第一は、人間の復興でなければならぬと主張する。人間の復興とは、大災によって破壊せられた生存の機会の復興を意味する。今日の人間は、生存する為に、生活し、営業し労働しなければならぬ。即ち生存機会の復興は、生活、営業及労働機会(此を総称して営生の機会という)の復興を意味する。道路や建物は、この営生の機会を維持し擁護する道具立てに過ぎない。それらを復興しても、本体たり実質たる営生の機会が復興せられなければ何にもならない」(『復興経済の原理及若干問題』1924年)と喝破したのである。現代にも通じる重要な指摘だといえる。

そもそも、被災地が災害から復旧・復興するとは、どういうことだろうか。一般的に地域社会が成り立つということは、そこに土地と一体となった道路・水道、鉄道、工場、農地、商店、住宅、学校、医療・福祉施設等の「建造環境」、すなわち「ハード」といわれるインフラが存在し、それを利活用して産業活動や人々の生活の営み、社会関係が「ソフト」として日々、再生産されていることを意味している。災害とは、一瞬にして、この再生産が寸断され、その物的基盤が破壊される事態である。したがって、復旧・復興は、「建造環境」と、住民の生活を支える地域産業の再建を同時にすすめることでなければならない。福田が批判するように、被災者の生活の再建を抜きにした復興では意味がない。

しかも、その再建過程において重要な点は、これまでその地域の産業と暮らしの圧倒的部分を支えてきた農家、漁家、中小企業、協同組合、NPO法人、そして地方自治体の地域内再投資力(地域内で繰り返し投資をする力)を再形成することであり、このことを何よりも重視しなければならない。

被災前まで、当該地域の産業と住民の暮らしを作り、維持してきた経済主体の地域内再投資力の再形成と、地方自治体を中心に、復興資金を地域内の多様な業種、広い地域に循環させる、地域内経済循環の構築を意識的に行うことが重要となる。その具体的な先行例は、中越地震後の新潟県山古志村(現・長岡市)の経験に求めることが出来る。そこでは、被災者の主体的参加の下に、小学校区単位で生産、生活基盤の再建計画を立てるとともに、地元産材や被災した建設業者を活用した地域内経済循環重視の小規模復興事業によって、3~4年のうちに7割の住民の帰村を実現していた。

地域内経済循環とは、貨幣的側面での資金の内部循環だけでなく、非貨幣的側面である自然への働きかけを通した物質・エネルギーの循環(代謝)を意味しており、それを目的意識的に構築する動きは、東日本大震災被災地のなかでも生まれ、広がっていった。

ここで注目したいのは、以上のような地域内経済循環の再構築が、福田徳三のいう「生存の機会」の再建としての「人間の復興」に留まらない、被災者自身の「人間性の復興」、生きがいをもった生活再建によってなされている点である。福田は、建物や道路という建造物の復興よりも、人間の生存の機会の復興の方が重要であるという意味で「人間の復興」を論じた。その点でいえば、「コンクリートから人へ」という考え方である。

だが、視点を、被災地の人々に転じると、それだけでは不十分である。復興主体としての被災者の姿が見えないからである。被災者は、弁当や日用品を毎日配給されて、生物として生存し続けることはできる。だがそれだけでは、「人間として」生きていくことができないと語ってくれたのは、気仙沼市の清水敏也社長である。清水氏が自ら経営する水産加工場をすべて失ったあと、自社の再建を図るとともに、仲間と共同で「気仙沼の種を植え、育てる」地域会社として「GANBAARE」を設立した経緯は、それを如実に示している。「何もしないことほど人間にとってつらいことはない」という思いと、気仙沼で再生することに確かな価値と目標を見出したことが、再生に向けた大きなエネルギー源になったという。

この話を聞いた後、同社の女性社員たちが、顧客との交流のなかで次々と新商品を発案して生き生きと働き、働く仲間を増やしている姿を見て、深刻な震災体験をしたからこそ、女性たちが復興主体として人間らしい働き方、生き方を追求できていると強く実感した。その意味で、一人ひとりの「人間性の復興」を中核にした「人間の復興」概念の再定義が求められるのである。

「人間の復興」は、それを担う主体がいなければ絵に描いた餅に終わる。その主体を形成するためには、例え時間がかかっても主権者としての被災住民が学び、互いに生きがいを確認しあいながら地域再生に取り組むことが必要であるように思う。これは未被災地にもいえることである。

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