【緊急寄稿・日米協定】大統領選対策の「つまみ食い」協定【鈴木宣弘・東京大学教授】2019年9月26日
9月26日に最終合意した日米貿易協定について東大の鈴木教授は「法治国家を逸脱する大統領選対策の“つまみ食い”協定の強行」だと批判する。緊急寄稿を掲載する。
◆米国はTPPでの約束を履行しない「片務的」選挙対策協定
TPPで約束した米国の関税撤廃は、日本から米国への輸出の4割を占める完成車と自動車部品の関税撤廃を先送り(反故)にされ、さらに国産牛肉などの関税撤廃も反故にされ、日本にとって非常に「片務的」なトランプ大統領の選挙対策のためだけの「つまみ食い」協定である。
米国の牛肉はTPPで関税撤廃を決めていたが、今回は除外される。日本は米国にTPP11協定よりスピードアップして牛肉関税を38.5%から9%まで削減する上、牛肉の低関税が適用される限度(セーフガード)数量は、米国向けに新たに24万tを設定した。TPP11で設定した61万tは、TPPで米国も含めて設定した数量がそのままなので、日本にとっては、米国分が「二重」に加わることになり、「TPP超え」の低関税枠となった。TPP11諸国が61万tに含まれる米国分を差し引く交渉に簡単に応じるとは思えない(注1)。
◆コメを勝ち取ったのではない
コメの7万tの米国からの追加輸入枠がとりあえず回避されたのは、コメの主産州のカリフォルニアは初めから勝てる州でないからトランプ大統領は捨てているので、とりあえずは関心外だというだけである。かつ、コメについても、WTO枠77万tの輸入枠のうち「密約」枠36万tが米国にすでに毎年供与されているが、そこに7万トンを追加する新「密約」が行われることも十分もありうる。
◆貿易額の6割にも満たないWTO違反の「つまみ食い」協定
貿易額の6割にも満たない「つまみ食い」協定は、「実質上すべての貿易」基準(概ね9割)をはるかに下回る、過去に例のないWTO違反協定になる。そもそも、米国議会承認を必要としない大統領権限の行政協定に含めることができるのは、関税が5%未満の品目の関税撤廃、5%以上は半分の関税までの引下げ(米国のライト・トラックの関税25%は12.5%が限度)で、UR合意時に米国がセンシティブ農産物に指定した牛肉、乳製品、砂糖、一部の青果物(レタス、トマト、グレープフルーツなど)は含められない。
◆「中間協定」には位置づけできない
自動車などを「継続協議」とすることで、WTO上認められている「中間協定」と位置付けようとしているが、そのためには、「妥当な期間内に関税同盟を組織し、又は自由貿易地域を設定するための計画及び日程を含むものでなければならない」が、そのような位置づけにはなっていない(注2)。自動車・自動車部品関税の「先送り」についても関税撤廃の具体的スケジュールは示されていない。大統領権限での行政協定で可能な関税撤廃分野の制約から、そもそも、それを満たすこともできない。
◆法治国家を逸脱する危険な行為~これでは何でもありになってしまう
このような日本に不利で、かつ国際ルール無視の協定を国民にまったく説明もしないまま署名し、発効させることは、国内的にも国際的にも過去に例がなく、法治国家を逸脱する極めて恥ずべき危険な行為と考えられる。 どうしてトランプ大統領の選挙対策のために、日本がここまでしなくてはならないのか、よく考えないといけない。
それにしても、先に「農産物は(少なくとも)TPP水準までは譲る」という交渉カードを切ってしまって、あとは、「自動車に25%関税をかけられるよりはましだろう」と威嚇され、自動車・自動車部品の関税撤廃を反故にされ、余剰トウモロコシ275万t(1t2万円として約550億円)まで買わされるという、「盗人に金を払って許しを請う」ような「失うだけの交渉」を展開した。交渉術としても理解に苦しむ。
(注)その他、TPP11では、米国も含めた全体の低関税輸入枠を、米国が抜けたのに、そのまま他の11か国に適用した品目が、乳製品など33品目ある。これらについて、日米2国間で米国枠を「二重」に再設定すれば、ただちに「TPP超え」となるが、今回は含まれなかったようだ。しかし、TPPで合意していた乳製品などの自国分を米国が放棄するわけはなく、再協議されると考えるのが自然である(バター・脱粉は13.7万tの現行枠は不足時に拡大して追加輸入が可能なので、米国分をそこに「恒常的」に組み込むことも可能)。現時点で「TPP水準にとどまった」とはいえない。もちろん、そもそも、TPP水準が大問題だったのだから、TPP水準にとどまったからよかったかのような議論が根本的におかしい。
(注2) https://www.jacom.or.jp/nousei/closeup/2019/190904-39025.php で示したACFTA(=ASEANと中国の包括的経済協力枠組み協定)のような体裁は整っていない。ACFTAは、包括的協定の一環として、まず、2002年11月に枠組み協定(いわば箱)をつくり、まず、特定農産物8品目について関税削減(アーリー・ハーベスト)をしてから、物品貿易協定、サービス貿易協定、投資協定と、順次、協定を合意・発効していき、2012年12月に全体の議定書を発効した。
参考: 関税及び貿易に関する一般協定 (抜粋)
第二十四条 適用地域―国境貿易―関税同盟及び自由貿易地域
5.よって、この協定の規定は、締約国の領域の間で、関税同盟を組織し、若しくは自由貿易地 域を設定し、又は関税同盟の組織若しくは自由貿易地域の設定のために必要な中間協定を締結することを妨げるものではない。ただし、次のことを条件とする。
(c) (a)及び(b)に掲げる中間協定は、妥当な期間内に関税同盟を組織し、又は自由貿易地域を設定するための計画及び日程を含むものでなければならない。
19 U.S. Code §?4202.Trade agreements authority
(3)Limitations No proclamation may be made under paragraph (1) that?
(A)reduces any rate of duty (other than a rate of duty that does not exceed 5 percent ad valorem on June 29, 2015) to a rate of duty which is less than 50 percent of the rate of such duty that applies on June 29, 2015;
(B)reduces the rate of duty below that applicable under the Uruguay Round Agreements or a successor agreement, on any import sensitive agricultural product; or
(C)increases any rate of duty above the rate that applied on June 29, 2015.
(関連記事)
・【日米貿易協定】牛肉関税削減 発効時にTPP2年め水準から(2019.09.26)
・【緊急寄稿・日米貿易交渉】国益害する交渉 国民自覚すべき【評論家・孫崎享】(19.09.25)
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