【クローズアップ:牛肉輸入】米国産牛肉SG発動へ 日米通商新たな火種に2021年2月4日
米国産牛肉の輸入量がセーフガード(緊急輸入制限措置=SG)基準を2月にも上回る見通しとなった。財務省は5日、1月の国別牛肉輸入量を発表するが、SG水準に大きく近づく。新たな日米通商問題の火種となることは確実だ。
1月米国産輸入で22万トン台か
5日の財務省発表で詳細は分かるが、1月中旬時点の米国産牛肉輸入量は、SG発動基準の9割近くに達している。2020年4月以降の牛肉関税率はTPP11、日米、日EUともに25.8%。
地域別に見るとTPP11の落ち込みが目立つ。特に大産地の豪州は前年対比で1割減。干ばつによる飼料問題が響いた。ここでも気候変動による農業への影響が出ているかもしれない。
一方で米国の対日輸出は順調だ。直近の2020年11月には2万2600トン、前年対比140%と増えた。一方で同月の豪州からは2万1000トン、同91%。単月で米国が豪州をついに逆転している。米国が産地を挙げて日本市場への売り込み強化の結果だ。
米国は昨年9月以降、前年を上回る対日輸出が続いており、趨勢値で考えると1月の米国輸入量は2万3000トン前後、2020年4月~21年1月の累計は22万トン台後半となる見込みだ。
米豪牛肉戦争の歴史
SGは、貿易交渉で自国の作目を守るため、一定数量を超えた場合に関税率が引き上がる仕組みだ。農業大国やメガFTAが続く中で、日本は通商交渉で牛肉についてSG導入をしてきた。
歴史的に牛肉SGが大きな焦点となったのは、第1次安倍政権時の日豪通商交渉だ。最終的にチルドの冷蔵と冷凍で関税率を変えた上に、SG発動基準を低い水準に設定した。発動基準が低ければ、通年よりも輸入が増えた時に、関税が上がり輸入抑制効果がある。
日豪EPAで日本は牛肉分野で、ある程度有利な交渉結果となった。背景には巨大な日本市場を巡る米豪の輸出競争がある。相互にシェアを奪い合い、例えば米国が増えれば、豪州産オージービーフの割合が減るといった具合だ。日豪通商交渉時、日本は米国とEPAを結んでおらず、豪州にとって多少不利な条件でも対日交渉妥結を急ぎたい思惑があった。
メガFTAに戦略転換
その後、日本は2国間交渉からメガFTAに戦略を切り替える。だが、牛肉SG協議は二転三転する。
典型はTPP(環太平洋連携協定)の参加だ。ここでも牛肉が大きな焦点となる。TPPは豪州、ニュージーランド(NZ)も加わっていることから乳製品の取り扱いも大きな焦点となった。
牛肉はコメ、乳製品に並ぶ「重要5品目」の柱で、TPPでも関税率とともに、国内畜産を守るため、輸入急増時のSGの取り扱いでも激しい議論が戦わされた経過がある。TPP交渉当時の農水省生産局長に聞くと「まずSG導入是非で議論が続いた」という。つまりSG発動基準の前に、制度を認めるかどうかで、もめたということだ。
結果的に、TPPでは牛肉SG基準は高い水準となり、実質的な発動は難しくなった。そうなると、肥育牛マルキンの9割補填など国内対策を拡充したほか、低コスト、肉質向上で対抗策を練ることになる。市場開放は、輸入もあるが逆に相手国への輸出もしやすくなる。今の農林水産物・食品輸出5兆円目標の発想だ。大半が加工品、水産物などだが、農畜産物での輸出の目玉は過剰で苦しむコメと高品質の象徴・和牛肉だ。
TPP11はSG発動困難
こうした中で牛肉SGを巡り一波乱が起きる。4年前にトランプ大統領就任でTPP協定からの米国離脱だ。構成は11カ国によるTPP11(イレブン)となった。だが、TPP全体の牛肉SGの発動水準はすぐには変更できない。
メーンバー国全体の合意に基づいた再協議が必要だ。つまり、巨大な牛肉輸出国の米国が抜けても、SG発動基準が変わらないため、この制度は事実上機能しないと同じになった。
米国SGは24万トン強
トランプ政権下、米国はメガFTA路線から軌道修正し2国間協議に転じた。日米貿易協議は最も懸念されたコメを除外、乳製品でも想定内の内容に収まった。問題の牛肉はTPPと同様に最終税率は9%にまで下がる。協定締結後すぐにTPP11と同じ税率に下がるため、厳密には関税削減前倒しの「TPP越え」だが、「TPP水準」とも言える内容だ。
米国の対日SG発動基準は24万2000トン。1月の実績にもよるが、2月には確実に上回り、20年度末の3月までの累計は26万トン台も想定される。
どう出るかバイデン政権
ルールに従い基準を超えれば関税率を引き上げればよい。だが日米関係だと、そうすんなりいきそうにない。発動基準そのものへの再協議が始まる。元々、日米貿易協議の牛肉SG基準は低いとの見方もあった。国内畜産を守る観点から日本にとっては有利だが、米国が協定妥結を急いだのは米中貿易紛争の最中だった事が大きい。つまり、日米協議どころではなかったのだ。トランプ・安倍の個人的関係が良好な事も幸いした。
一方で現在は政権交代を経て民主党・バイデン政権。過去を振り返ると民主党政権時に日米通商問題は摩擦が大きくなる。バイデン大統領はどう出るのか。対日強硬論再びか。牛肉SG問題の行方は今後の日米通商問題の火種になりかねない。今後の行方に注視が必要だ。
重要な記事
最新の記事
-
「良き仲間」恵まれ感謝 「苦楽共に」経験が肥やし 元島根県農協中央会会長 萬代宣雄氏(2)【プレミアムトーク・人生一路】2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(1)2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:福島県JA夢みなみ岩瀬倉庫 主食用米確かな品質前面に(2)2025年4月30日
-
アメリカ・バースト【小松泰信・地方の眼力】2025年4月30日
-
【人事異動】農水省(5月1日付)2025年4月30日
-
コメ卸は備蓄米で儲け過ぎなのか?【熊野孝文・米マーケット情報】2025年4月30日
-
米価格 5kg4220円 前週比プラス0.1%2025年4月30日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ防止対策徹底を 農業倉庫基金理事長 栗原竜也氏2025年4月30日
-
米の「民間輸入」急増 25年は6万トン超か 輸入依存には危うさ2025年4月30日
-
【JA人事】JAクレイン(山梨県)新組合長に藤波聡氏2025年4月30日
-
【'25新組合長に聞く】JA新潟市(新潟) 長谷川富明氏(4/19就任) 生産者も消費者も納得できる米価に2025年4月30日
-
備蓄米 第3回は10万t放出 落札率99%2025年4月30日
-
「美杉清流米」の田植え体験で生産者と消費者をつなぐ JA全農みえ2025年4月30日
-
東北電力とトランジション・ローンの契約締結 農林中金2025年4月30日
-
大阪万博「ウガンダ」パビリオンでバイオスティミュラント資材「スキーポン」紹介 米カリフォルニアで大規模実証試験も開始 アクプランタ2025年4月30日
-
農地マップやほ場管理に最適な後付け農機専用高機能ガイダンスシステムを販売 FAG2025年4月30日
-
鳥インフル 米デラウェア州など3州からの生きた家きん、家きん肉等 輸入停止措置を解除 農水省2025年4月30日
-
埼玉県幸手市で紙マルチ田植機の実演研修会 有機米栽培で地産ブランド強化へ 三菱マヒンドラ農機2025年4月30日
-
国内生産拠点で購入する電力 実質再生可能エネルギー由来に100%切り替え 森永乳業2025年4月30日
-
外食需要は堅調も、物価高騰で消費の選別進む 外食産業市場動向調査3月度 日本フードサービス協会2025年4月30日