【創立134年東京農業大学鼎談】高まる価値総合農学と実学主義(2)幅広く中核人材を育成2025年7月16日
東京農業大学は今年で創立134年(大学令による昇格から百年)を迎えた。歴史の中で培われてきた総合農学と実学主義は、現代社会においてどのように進化し、その価値を高めているのか。東京農業大学学長の江口文陽氏、本学卒業生で静岡県JAとぴあ浜松代表理事理事長の竹内章雄氏、そして本学名誉教授の白石正彦氏が、時代の課題に立ち向かう総合農学と実学主義の進化、農の価値を大切にしJAを協同組合らしく発展させるための課題について語り合った。
幅広く中核人材を育成
世田谷キャンパスの「だんだん畑」
アントレプレナーシップ教育と人材育成
白石 江口学長、人材育成、特にアントレプレナーシップ(起業家)教育における現状と課題はいかがでしょうか。
江口 アントレプレナーシップ教育というと、「就農者を増やすのですか」と聞かれることがあります。一つはそれも重要です。しかしもう一つは、どこに進んだとしてもただ作業をするのではなく、その事業がどういったコストパフォーマンスでもうかるかを理解し、試算できる力を養うことです。利益を上げることで、楽しいことができるし、次のチャレンジも可能になります。農家、行政、企業、農協、卒業後どこに進んだとしても、経営的な感覚、「アントレプレナーシップ(起業家精神)」を持った人材を輩出していくことが、実学だからこそ大切だと考えています。
白石 オホーツクの網走寒冷地農場は地元の営農集団(農機具等を協同利用)に参画し、本学農場は43haの営農を実践していますね。
江口 先ほども農場でビートやジャガイモ、ホップを栽培しているといいましたが、その他にも大麦を栽培して、クラウドファンディングを利用してハマナス等、地域の原料を活用した化粧品の開発等もしており、社会実装の機会があることがアントレプレナーシップ教育につながっています。「本学には全国各地に農場があるから東京農大に来た」という学生の期待に応えたい。実学、実装ができる点が東京農大らしさだと考えていますので、農場機能を今以上に整備し、活発化させたいと思っています。
北海道オホーツクキャンパス ファイン・トレール
竹内 JAとぴあ浜松は渥美保広氏が経営管理委員会会長で、私がJAの理事長として、「農協経営」に取り組んでおり、財務や人事も重要です。農学部だから農業だけ、ではなく、幅広い視野を持ちたい。農協運営も最後は人と人との対話で成り立つので、人との会話ができることが特に大切ですね。
江口 直接話すよりラインの方が気楽といった話も学生から聞きますが、デジタル化が進む時代だからこそ、人と人とのコミュニケーションが重要になっていると感じます。
白石 JAとぴあ浜松では営農指導員は46人のうち女性は15人と3割を占め、さらに信用事業のローンセンター長(女性職員)や生活指導課で女性部のイベント企画や食農教育活動、助け合い組織活動(託児支援や高齢者支援)で頑張っている女性職員も注目されますね。
定着の秘訣は何でしょうか。
竹内 産休育休など、職員が安心して働けるための労務管理はきちんと行っているつもりです。正規職員1000人のうち常に30~40人は産休・育休を取得しています。女性職員比率は4割ほどです。就職活動では給与や福利厚生が見られますので、農協を「選ばれる組織」にしていきたいですね。
白石 私はJA全中のJA経営マスターコースのコーディネーターやJA静岡県中央会の職員資格認証試験やその研修も担当してきましたが、JAとぴあ浜松の職員研修の機会はどのように作られていますか。
ドローンでの肥料散布の実装試験(JAとぴあ浜松)
竹内 中核人材を育てるため、「とぴあベースアカデミー」というものを立ち上げました。業務と並行してですが、30歳前後の職員を十数人選抜し、2年間かけて育成しています。これだけ変化が大きい時代ですから、それに対応できる広い視野を持った中核的人材を育てていかなければなりません。
農業人口は、これから間違いなく減っていきます。それを補っていく農業が必要です。農協の子会社〈(株)とぴあふぁー夢(2024年度農産物販売1億円、農用地の維持・改良11ha)、営業利益800万円〉で耕作放棄地を農地に戻し、新規就農者に渡していく。その繰り返しで耕作放棄地がかなり減り、地域のみなさんからも評価されています。
総合農学の進化と持続可能性
白石 竹内理事長も先ほど生活の話をされましたが、東京農大も食育、栄養、メンタル、健康を強化・増進する教育を実践しています。
江口 いつの時代も、生活の基盤は心身の健康です。そのためには食とコミュニケーションが重要になります。食のサプライチェーンは、生産から消費まで、川上から川下まですべてを網羅します。それぞれのパートを大切にする「ハート」を持った人材を育成していきたいと考えています。
白石 時代が転換する中、総合農学をどのように進化させようとお考えでしょうか。
江口 農業は工業とは異なり、どこまでいっても自然との闘いから逃れることはできません。地球温暖化やそれに起因する豪雨、台風などに対峙しなければなりません。変化をいち早く察知し、ビッグデータを活用しながらスマート農業を進める。同時に、どんなに技術が進み、情報が集積されたとしても、これまでの経験を忘れてはいけません。データと経験とを総合的に組み合わせ、農協で働いている方々も含め、「匠(たくみ)」の経験と知見とを継承、共有していくことが、持続可能な日本農業を育むことにつながります。
厚木キャンパスのほ場
新時代の「食と農」開拓
白石 時代の変化は急ですね。FAO(国連食糧農業機関)も、単なるスマート農業ではなく、「気候変動対応型スマート農業」(Climate‐Smart農業)を前面に出しています。現場の適応力や持続力、これを重視している。だから新しい段階に来ているのではないでしょうか。特に東京農大は多面的な総合農学を取り込んでいますが、生態系の保全、生産性向上、心の豊かさ、これらをさらに進化させていく。三つの柱をDXで融合しながら、もっと総合農学を発展させていく役割が期待されます。OBも含め、東京農大には重厚なネットワークがありますから。
江口 教職員、学生にOBを加えると10万人を超えるわけですから。新しい時代の東京農大のあり方、農協のあり方を探求していきたいと思います。
米問題とJA、未来志向の東京農大の役割
江口 温暖化や災害の対策はますます重要ですね。今、農林水産大臣がお米の問題で連日テレビに出ています。一人ひとりが食の重要性を感じてもらえればと思いますが、その際、消費者目線だけでなく生産者目線も考慮されなければなりません。米はやはり日本の基幹作物ですので、東京農大もしっかりと米・稲・ご飯に向き合っていきたいと考えます。現在、本学では、関連機関と連携して、生産・流通・消費に関する研究を推進するべく「こめプロジェクト研究」を2021年から実施しています。具体的には、新たな品種や米の機能性に関する研究、さらには、新しい就農システムや流通システムのモデルを提案し、社会実装を目指す研究など多岐にわたっています。このプロジェクトは、JA全農と本学の連携協定の一環としてもJA全農にご協力いただいています。
生産基盤を守る上でJAは重要ですので、竹内理事長には今後ますますご活躍いただきたいと願っています。
竹内 JAが何か言うと「偏っている」と見られがちなので、米問題など、大学からも積極的に情報を発信していただけるとありがたいです。
白石 今年は、国連の2025国際協同組合年で衆議院・参議院は6月に「JAや生協など日本の協同組合の振興を政府に求める決議」を採択しており、国際協同組合同盟(ICA)傘下の世界の組合員は約10億人です。国際的には農協・生協・ワーカーズ協同組合・漁協・森林組合等が連帯した活動が活発ですが、相互理解に加えて、事業面での連帯を深化させる点が今後の課題です。本日はありがとうございました。
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