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日本の原風景・棚田を守る 「日本の宝を後世に」地域ぐるみで活動 愛知・新城市の「四谷の千枚田」2022年7月4日

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日本の稲作の〝原風景〟ともいえる中山間地域の棚田の維持が困難になっている。「棚田百選」で知られる棚田でも耕作放棄地が増えている。生産者の高齢化と担い手の不足、それに低米価が追い打ちをかける。程度を問わず、日本の水田は、その多くが棚田である。棚田での稲作が成り立たなくなることは、同時に国民の主食である米の自給が危うくなることであり、また国土・景観の保持、水害防止など防災上の問題にもつながる。地域ぐるみで棚田の保持に取り組んでいる愛知県新城市の「四谷の千枚田」をレポートする。

広がる棚田広がる棚田

1300枚の田んぼが420枚に

愛知県新城市の中心から北東へ約20km。山あいの県道を登ると、急に小さな集落と田んぼが目に入る。鞍掛山(標高880m)の南側斜面に広がる「四谷の千枚田」だ。標高220~420mの間に、石垣に囲まれた大小の田んぼが、階段状に連なっている。山の中でこれだけの棚田がまとまっているのは珍しい。

かつては約1300枚の田んぼがあったが、昭和46(1971)年の減反政策で減少し始め、5年間で約2割がなくなり、その後も、農家の高齢化や後継者不足などで耕作放棄地が増え、その多くは元の山林になった。現在は約420枚、面積にして約3.6ha。この棚田を維持し、守っているのは四谷地区の農家で、平成9(1997)年にできた鞍掛山麓千枚田保存会のメンバーである。実際に千枚田で働いている農家29人で構成する。それに四谷集落協定(39戸)の農家などが、棚田の農道や水路、周辺の林地の整備、草刈りなどを行い、棚田の環境を保持している。

「先人の思い後世に」 50歳の決断

棚田から情報発信する保存会の小山舜二さん棚田から情報発信する保存会の小山舜二さん

千枚田保存会会長の小山舜二さん(82)は四谷の農家出身で、愛知県の水産試験場の研究者だったが、年を追うごとに増える耕作放棄地を見過ごしできず、平成3(1991)年の50歳の誕生日のとき一念発起。Uターンして棚田の再生・維持に一生をかけることを決意した。

小山さんは、「きれいな湧き水、稲の天日干し、それに日本の原風景、この三つがそろった棚田は日本の宝だ。先人たちが苦労して守ってきた棚田の歴史、情報を知ってもらいたいと思った」という。

農水省の規定によると、棚田とは傾斜20分の1(水平方向に20m進んだときに1m高くなる傾斜)の水田(1ha以上)をいうが、四谷の棚田は平均で4分の1という急傾斜で。水田の奥行より石垣の高さが高いところもある。

小山さんの想定では、四谷では400年前ころから本格的な米づくりが始まった。そのころから数世紀にわたって一段一段石垣を積み上げてきた。明治37年7月には山崩れで10戸が流され、11人が犠牲になった大きな水害もあった。それを5年かけて復旧した歴史がある。苦労して棚田を維持してきた先人たちの米づくりへの思いを自分たちの代で絶やすのは忍びないという気持ちが50歳の決断を促した。

湧水が育むおいしい棚田米

石積みした「四谷の千枚田」石積みした「四谷の千枚田」

決して米づくりに適しているとはいえない急傾斜の山の中腹に棚田ができた理由の一つに鞍掛山からの豊かな湧水がある。日照りのときでもかれることなく、大雨でも濁らない湧き水は、おいしい「棚田米」ができ、水をたたえた水田と周辺の自然環境は、さまざまな動植物に生息空間も提供する。四谷の千枚田ではモリアオガエルやヤマアオガエルが産卵する。

農道や観光客のための休憩所などの施設の整備と併せビオトープを設けたとき、モリアオガエルのオタマジャクシを放流したもので、3年して自然再生が確認できた。小山さんの水産試験場の経験が生かされた。

この2年ほどはコロナ禍で停滞しているが、千枚田保存会は稲作を通じた棚田での農業体験学習や自然観察会、それにお田植えの夕べ、収穫感謝祭など、地区外の人々も参加するさまざまなイベントを行ってきた。企業や調理学校などの新入・幹部職員の研修も受け入れる。小山さんは、「食の原点はコメであり、田植から草取りまでの作業を体験することで、一粒のコメの大事さ、大切さを学んでほしい」と期待する。

四谷の千枚田の四季折々の景観は、いまや奥三河の観光名所になっているが、この棚田を維持するのは簡単ではない。小山さんは「日本三大石積み棚田といわれ、見た目の景観は褒められているが、この『よたくれ(乱暴者)田んぼ』をだましたりだまされたり、耕す百姓はたまったものではない」という。例えば朝夕の水管理、放っておくとサワガニやモグラで水田が干からびる。一旦干からびるとひび割れで水がたまらなくなる。平地の田んぼではないことだ。イノシシや鹿の獣害も頻繁になった。

また、一戸当たり10a前後の水田面積では生活できず、一部の高齢者の専業を除いてほとんどが別の仕事を持っている。田植えや収穫の作業が集中するため、共同利用ができず、ほとんどの農家は米づくりに必要な小型農機をそろえている。経営上の問題はあるが、棚田を守ろうという保存会のメンバーの思いが支えている。ただ将来への不安は残る。「労働力に余裕のある人に預けるなど、いまは何とか耕作放棄地を出さないようにしているが、高齢で農作業できなくなる人がこれから増えるだろう」と小山さん。

「百選棚田」でも広がる耕作放棄地

国は棚田地域振興法(2019年施行)を制定し、そのなかで「貴重な国民的財産である棚田を保全し、棚田地域の有する多面にわたる機能の維持増進を図り、もって棚田地域の持続的発展及び国民生活の安定向上に寄与する」を目的に掲げ、さまざまな支援策を実施している。

棚田は全国で約5万4000カ所あり、面積は約13万8000ha(2005年センサス)。1993年の22万haから大きく減っている。法律施行から3年経つが、棚田を支える生産者の高齢化は進む一方で、休耕・耕作放棄化のスピードは止まらない。全国の棚田の4割を占める中国地方など、「百選」の棚田も耕作放棄地が広がっている。

棚田を維持するために、最も困難な作業に草刈りがある。特に農道や法面などの草刈りは年3回必要。この労力確保が難しくなっている。このため、新潟県の過疎集落で農業参入したNPO法人は、クラウンドファンディングでツインモアー(アーム式草刈り機)を購入したところもある。棚田地域の振興は、農業者や地域住民による多様な主体自主的取り組みが欠かせない。

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