農政:シリーズ名:どうするのかこの国のかたち 米政策の見直しを問う
【米政策の見直しを問う】大規模経営も直接支払い依存 現実直視し議論を 横浜国大名誉教授 田代洋一氏2025年2月12日
農水省は水田政策の見直し方向を明らかにした。柱となっている水田を対象とした「水活」交付金を田、畑に関わらず米、麦、大豆など作物ごとの生産を支援する政策に転換する。農水省は全体像を2025年度中にまとめるとしているが、日本農業の根幹である水田農業政策の見直しはこの国のかたちにも関わる。どう見直すべきか。有識者から提言してもらう。
横浜国立大学名誉教授 田代洋一氏
米騒動の「けがの功名」
令和の米騒動の原因は、①直接には民間在庫の必要量以下への低下による需給のタイト化、にもかかわらず備蓄放出をかたくなに拒んだ農政の需給管理政策の失敗②その根底には水田作経営の困難を座視し続けたことによる米生産力の低下がある。
農水省は「国全体の需給は安定している」、次いで「新米がでれば価格は安定する」として備蓄放出を拒んだが、新米出回り期にも価格は高騰し続けた。農水省は、農家や小規模業者の抱え込みに責任転嫁したが、それは価格高騰に対する当然の市場行動であり、そもそもの原因は価格高騰にある。
支持率低下にあえぐ石破首相の指示で、農水省も不承不承、流通不安定を備蓄の放出基準に加え、実施に移した。(君子)豹変だ。そもそも、食料安全保障を第一義とする時、備蓄は、国民生活の諸困難に幅広く対応できてこそ存在意義がある。
米の民間輸入も生じた。米関税は泡盛用輸入米と魚沼産コシの差額341円として設定された禁止的高関税だ。それを乗り越えての輸入は、米自由化後の国境措置(関税のみ)の危うさを示した。
あれこれで、国民は「日本の米作りは大丈夫か」を肌で感じるようになった。米騒動の「怪我の功名」とも言うべきで、「米政策の見直し」にぜひ生かすべきだ。
「米政策の見直し」は「転作」の抹消
問題はどう「見直し」するかだ。石破茂首相は総裁選で「米をもっと作って世界中に売りまくろう」と意気込み、後の自民幹事長・森山裕はインタビューで「主食用米を作らないところに予算をつかうのではなく、より有効に使えるようにする」(日本農業新聞2024年8月30日)としていた。両者の発言、とくに太字部分は「転作政策の廃止」に他ならない。
2002年に「米政策改革」が打ち出されたが、「国による面積配分の廃止」(安倍晋三元首相の「減反廃止」)が2018年になされただけで、「水田フル活用」による同交付金(麦大豆、飼料用米等)と産地交付金(ソバ等)等の財政負担は継続した。財政審はそれを目の敵とし、2024年11月29日には、「食料自給率の過度の重視は不適当」「高水準の農林予算の早期是正」「飼料用米の水田活用交付金からの除外」とした。
水田の畑地化や5年に1度の水張りではかわしきれなくなった農水省は、ついに「米政策の見直し」で、「水田フル活用政策」の「水田」をカットし、水田・畑を問わず麦・大豆・飼料作物等の「本作化」を打ち出した。つまり「転作政策の廃止」だ。
農政は1978年度からの水田利用再編対策の2期目で「田畑輪換」農法を提起したが、湿気をきらう畑作物転作のほ場固定の合理性には勝てなかった。水田地目のままで畑作物を栽培することは、いざという時の水稲回帰が容易で食料安全保障上のメリットがあり、アジアモンスーンの風土を生かす土地利用だった。
しかるに生産調整政策は、もっぱら「主食用米価格を維持するための手段」だと攻撃されてきた。たしかに生産調整は食糧法上も唯一の需給(価格)調整手段である。生産調整(転作)自体は潜在的過剰を抱える限り続けざるを得ないが、それを廃止することは米需給の不安定化と価格低下を必ずもたらす。その結果、大規模層への農地集積が加速されれば、農政本命の構造政策に資するという思惑が最奥にある。
水田作経営の現実を直視する
ここで水田作経営の実態を見ておく必要がある。それができるはずの「営農類型別経営統計」は、「経営の概況」なかんずく「推計家計費」を2016年までしか載せていない。そこで少し古くなるが、当時の状況を図示した。
第一に、米作付け1ha未満は、①生産農業所得は赤字、②の補助金等受取額(以下では「直接支払い」とする)を加えて、0.5~1haでやっと農業所得ゼロ。3~5haだけは生産農業所得が直接支払いより多いが、5ha以上層は直接支払いの方が多い。最上層は何と99%が直接支払いだ。ちなみに階層平均では、農業所得の83%が直接支払、その65%が水活だ。
第二に、④年金が③農外所得を上回り、かつ③④を足したものが農業所得を上回る(第Ⅰ種兼業農家)のは3ha以上に限定される。階層平均では<③農外所得+④年金>に占める④の割合は58%だ。ほぼ全階層で年金が農外所得を上回り、農家は「高齢年金家計」化した。
第三に、0.5~3haの各層は、⑤可処分所得が⑥推計家計費を若干上回るか、せいぜいトントン。赤字か預貯金のゆとり無し。農業所得(①+②)で⑥推計家計費を賄えるのは7ha以上に限定されるが、その農業所得の大半が②直接支払いからなることは先に指摘した通り。
他方で、「米生産費調査」の2016年産の生産費が相対取引価格14,307円に近いのは米作付け2~3ha層だが、それを経営総面積階層に引き直せば3~5ha層に当たる。つまり経営規模3ha未満層の米作りは赤字だが、それは全経営の51%に達する(サンプル数が経営実戸数を正確に反映している仮定)。
同じ計算を直近の2023年について行うと、生産費15,948円(個別経営)が相対取引価格15,307円にほぼ見合うが、その生産費に最も近い階層は米作付け3~5ha層で、それを総経営面積階層に引き直せば5~10ha層になる。つまり経営耕地5ha未満層、すなわち全経営の68%は赤字だ。
なお2016年の1時間当たり農業所得は818円、2023年の総農業所得を2022年の自家農業労働時間で割ると1時間当たり113円だ。状況は2016年度より格段に悪化した。
「米政策見直し」はどこへいく?
家計赤字の水田作経営(すなわち全経営の5~7割)を切り捨てても、それ以上階層の米生産量が圧倒的なのだから供給に支障はなく、「地域計画」で大規模層に農地集積すべしというのが農政の本音かもしれない。しかし前述のように、最上層経営の農業所得のほとんどは直接支払いに依存し、そのまた半分は水活交付金という政策依存経営だ。「米政策の見直し」は、以上のような水田作経営の全体構造を直視したうえでなされるべきだ。
農政が期待する水田作大規模経営は平野部に偏している。それに対して全国津々浦々、「むらむら」に中小経営層が遍在し、彼らが赤字承知で米作りを続けることによって、日本の水田や国土がかろうじて守られてきた。しかしそれはもう限界だ。離農多発と農地減少がその証拠である。
a.戸数的にみた平均規模層の米生産費がカバーされるような生産費なかんずく労働費の価格転嫁、b.実質賃金が下がり続けエンゲル係数が史上最高になるほどに困窮する消費者家計が負担しうる消費者米価。このaとbにはギャップがある。他方で価格転嫁も直接支払いもそれぞれ限界がある。とすればギャップは両者がバランスをとって埋めるしかない。そのバランスが「米政策の見直し」の真の課題だ。
かつて食管制度は、<米再生産の確保>と<家計の安定>の双方を満たすために二重米価制(売買逆ザヤ)を採った。その昔日に帰ることはできないが、<再生産確保>と<家計安定>の政策マインドはいつの日も変わるべきではない。
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