農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち - 挑戦・地域と暮らしと命を守る農業協同組合
一筆啓上 「日本の食守れ」【JA愛知東代表理事組合長・海野 文貴】2019年1月10日
わが国の農業の持続と国民食料の安定確保のための「国のかたち」が問われるなか、2019年は「挑戦・地域と暮らしと命を守る農業協同組合」をテーマに掲げた。食料生産の場である農村と人々の暮らし、命を守る農業協同組合の着実な取り組みがこの国の「かたち」をつくることと考え、JA愛知東の海野文貴代表理事組合長に寄稿していただいた。
本年はこれまでに経験したことのない、貿易自由化に向けた波が押し寄せる農業生産にとって厳しい1年となる。昨年12月に発効したTPP11(還太平洋連携協定)は、人口5億人を超える自由貿易圏の幕開けとなり、日本と欧州連合(EU)との経済連携協定(EPA)へと続く。
◆自給率38%の不安
過去JAグループはTPP反対運動を展開してきた。国は食料・農業・農村基本計画で「意欲ある農業の担い手が活躍しやすい環境となるよう、農協・農業委員会の改革を実施する」とある。司令塔のJA全中が社団法人化へ移行したことで組織の法的根拠を失い、発言力を削がれる形となってしまった。当時からのTPPが発行してしまえば、その後、自由化ドミノ的に農畜産物の関税が引き下げられるという危機感は現実のものとなりつつある。今後、心配されるのは農家所得と食料自給率だ。
食料自給率を考えた場合、次の4つのことが心配されると考える。(1)海外から食べ物が入ってこなくなった場合どうなるか。食料の安全保障の問題である、(2)そのリスクが年々高まっている感があること、(3)そうなった時、自立国家として機能するか。そして、(4)自給率低下と共に日本の文化が失われていく感じがすることである。
(写真)海野文貴・JA愛知東代表理事組合長
◆もし輸入が途絶したら
カロリーベースで自給率38%とは、輸入食品が日本人の胃袋の6割以上も占めていることになる。カロリーは炭水化物が主である。私たちJA愛知東管内の自給率はどうであろうか。当JAは愛知県の東部に位置し、長野県、静岡県とも隣接する中山地である。農畜産物の販売高は50億円ほど。
国民の米消費量は現在、パンや麺類などに押され、国民ひとり当たり平均54kgと1俵(60kg)を切っている。しかし、国の安全保障上での国民が働くエネルギーをカロリーベースで食米に換算すると1俵では足りない。
かつて、お米が堂々たる主食の座を占めていた東京オリンピック(昭和39年)頃は、国民ひとり当たりの米消費量は年間約2俵であった。すると当JA管内の食用米の栽培面積は982.9ha。10a当たりの収穫量8俵で、管内人口5万4000人が年間2俵食べると、この自然豊かな農村風景のある当地でも米は72%しか賄えないことになる。もしも海外から食料が入ってこなくなったら、という食料自給率の問題は生産地だけでなく、むしろ消費者の問題であって、一緒になって国民世論を深めなくてはならない。
一昨年、ある国内自動車メーカーの社長秘書を勤めた人からこんな話を聞いた。北朝鮮の弾道ミサイル発射実験で日本が緊迫した時「うちの社長は、ミサイルが飛んできた場合に備え、会社と従業員をどう守るかを真剣に考えている」とのことであった。世界的企業の社長はそこまで考えるのかと思ったことを記憶している。自給率38%は先進国で最も低い。
国は食料・農業・農村基本計画で、平成27年からの10年間で、食料自給率を45%まで引き上げるとしているが、現在の方向性としてとても達成できるとは思えない。自給率45%が必要だから目標設定したのである。目標に届かないようであれば、国民にどんなリスクがあるのか。現在の自給率でのシミュレーションを行い国民に示すべきだ。その上で関税交渉に臨むべきだと思う。そうでなければ交渉の責任は果たせない。
◆世界で食料がリスクに
人口増加と地球温暖化は食料危機のリスクである。世界の人口は増加の一途をたどり、発展途上国を含めると地球人口の9人に1人が飢餓に苦しんでいると言われている。現在の世界人口76億人が10年後には86億人になると予想される中で、世界各地の異常気象の頻度は年々高まっている。
平成30年は当地方においても3つの台風に襲われた。愛知県の農業被害額だけでも40億円と言われている。当JA管内でもハウスや畜舎の損壊、停電による生乳の破棄、農産物や耕地の水害等甚大な被害を被った。最近では西日本豪雨をはじめ、「これまでに経験したことのない大雨」とか「数十年に一度の」といった言葉を耳にするようになった。いったん災害にあうと、今まで当たり前の生活が、「電気が来ない」というたったこれだけのことで一変してしまう現実をつくづく思い知らされる年であった。
これが「食べ物がない」となったら次元の違うこととなる。時に食料は、お金さえあればいつでも手に入るものではない。米国と事実上の自由貿易協定といわれる物品貿易協定(TAG)も水面下で進行中とのことだ。であるからもし、世界と日本で食料問題が発生した時、どこかの国が支援してくれるという考えは危険である。当JAでは大規模災害に備え、近隣のJAひまわり、JA蒲郡市と連携し、職員の派遣や救援物資の提供など、災害応援協定を結んでいる。
美しい景観は農村が守る(新城市川売の梅園)
◆自立国として自給率は
農は国の基なり。関税自主権は明治時代、大きな犠牲を払い、やっと手に入れた権利である。自由化問題は国内農畜産物の価格を引き下げ、産地間競争が更に激化することが心配される。JA綱領の中に自主・自立の原則がある。この原則によりJAは社会的地位と発言力を強めてきたはずである。
真の独立国家として外国と対等に渡り合うためには、国の基本である食料の自主自立が必要である。現に米国は、以前から食料を世界戦略の武器として、また交渉のカードとしてグローバル企業と共に食料戦略をすすめているとも聞く。食料が武器なら日本は食と農に対する防衛力を強化しなくてはならない。そういう国民世論が高まった国だけが、スイスのように食料安全保障として国の法律にうたうことができると思う。
農村文化の維持が難しくなっている。農村人口減少とともに食料自給率が低下することによる食文化の継続が危ういと感じている。水田を中心とした日本の美しい景観、水資源、安心して食べられることなど、日本文化と国土の美しさの源泉は、食と農による農耕文化を中心になりたってきた歴史がある。食料自給率はそれらのバロメーターと思えてくる。
JAグループの「みんなのよい食プロジェクト」的なキャンペーンは今後とも継続して食と農の大切さ、和食の良さを国内外に浸透させていくことが大切である。
◆地域の食と農を支える
JAの役割は「農業を通じて組合員の生活と地域を支える」ことにあると考えている。農業は地場産業である。そして今、中山間地域内で回る資金が外部に流れ不足している。農畜産物の販売を通じて、管外から得た収入もこの地で得た収入もこの地域内で消費し、地域内で資金を回す。それが地域の活性化に寄与できるものと信じている。
また行政、地元産業界や商工会や、協同組合などと協力し合い、小さな商圏での相互発展を具体的に掲げ、一つ一つ実行していくほかにないのではないか。地域と農業を支えることが、私たちにできる自給率向上の責任であると考えている。
私たちの管内にここ数年間に新規就農者60人以上が、トマト栽培を中心に農業を営んでいることは大変頼もしいことだ。小さなことではあるが、JA女性部組織「つくしんぼうの会」は食品加工を通じて経済と食文化に貢献しており、また小学生が対象の「こども農学校」は「食と農」への理解と情操教育の一助となっている。こうした地道な活動が農業と組合員生活、そして地域を支える原動力となっている。
JA愛知東管内では戦国時代、長篠・設楽ヶ原の戦いがあり、織田・徳川連合軍の鉄砲隊と武田軍の騎馬隊が激突した地でもある。この戦いが語る現代へのメッセージは、権力争いの背景に食糧の覇権争いがあったことだ。陣中、家族への思いを綴った日本一短い手紙文として本多作左衛門の「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」が有名だ。これほど短文の中にも家族愛に満ち、忠義を尽くす思いが込められている手紙は他にないとされる。
作左衛門が今の日本農業、農政に思いを馳せれば「一筆啓上 自由化用心 農民泣かすな 日本の食まもれ」では。日本人が食べ物のことをあまり心配しなくなったのは、ここ数十年の間だけなのだから。
(本特集カテゴリー)
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