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2019.01.11 
国民の食料 協同組合の力で【作家 佐藤 優氏】一覧へ

 加速する自由化など2019年も農業にとって厳しい環境は続く。一方で食料・農業・農村基本計画の見直しなどでわが国の食料・農業のあり方を改めて問う1年ともしなければならない。そんな年の始めにあたって、この国の農業や農業協同組合の歴史、意義をどう考えるべきか。作家の佐藤優氏に聞いた。

時代を拓く 新たな理念を

 

◆市場経済の標的に

 ―2019年は日本の農業にとって厳しい1年になると思います。1月から日米間でTAG(実質的にはFTA)交渉が始まり、2月には日欧EPAが発効します。こうした経済協定では必ず日本の農業が標的にされます。なぜ農業ばかり狙われるのでしょうか。

 佐藤 それは日本の農業が独自の発展を遂げてきたからです。日本は戦前、寄生地主制度のため、不在地主と小作人の間で絶えず緊張関係が生じていました。戦後もこの制度が続いていれば、小作農は共産党よりも急進化し、革命を起こしていたかもしれません。その意味で、農地開放によって農業従事者たちが自分の土地を持つようになったことは、非常に大きな意味があったと思います。
 こうした背景から、日本政府は戦後、農業に対して様々な配慮を行い、保護主義的な政策をとってきました。そのため、海外から見れば、まだまだ市場開放の余地があるように見えるのです。
 また、もともと農業は資本主義になじみません。キャベツ一つとっても、天候などの理由で価格が3倍、4倍に変動することは決して珍しいことではありません。しかも、日本の場合は島国だという地理的制約もあります。そのため、これまで日本の農業はあまり資本主義にさらされてきませんでした。それは逆に言うと、まだまだ儲かる部分が残されているということです。
 さらに言えば、日本の消費者たちは、良い農産物を購入するためにある程度のお金を払うことを厭いません。農家にとっては非常に魅力的な消費者です。そのため、海外の農業資本はなんとしても日本に参入したいわけです。こうした理由から、農業は新自由主義の格好の標的とされているのです。
 2019年もこうした動きは続くと思います。それはアメリカのトランプ大統領が「ディール(取引)」を重視しているからです。
 たとえば、日本側が「鉄鋼・アルミニウムや自動車の関税を緩和してほしい」と言えば、トランプは「わかった。それでは日本はその見返りに何をくれるのか」ということになります。そのときに農業が取引材料に使われる可能性があります。
 また、現在安倍政権は北方領土交渉を進めていますが、領土問題を解決するためには、歯舞群島・色丹島に米軍を展開させないことが必須となります。これに関しても、トランプはその要求を飲む代わりに、見返りとして農業分野での譲歩を要求してくる可能性があります。
 トランプには工業や外交の問題を、その枠内だけで解決するという発想はありません。農業と取引したほうが有利だと思えば、平気で農業にまで飛び火させます。それだから、今後も手を変え品を変え、日本の農業への攻撃が行われると考えなければなりません。

作家 佐藤優氏(写真)佐藤 優

 

◆失われた勤労の精神

 ―最近の日本にはどこか農業を見下すような風潮があるように感じます。それに対して、たとえばヨーロッパでは、新自由主義が吹き荒れる中でも農業をきっちりと守っています。それだけ農業を重要なものだと考えているということだと思います。

 

 佐藤 ヨーロッパは国家間、民族間で土地をめぐる戦争を何度も行い、飢餓に苦しんできました。そのため、土地と結びついた農業をしっかりと守らなければならないというコンセンサスがあるのです。
 もっとも、かつての日本もヨーロッパと同じように農業を大切にしていました。戦前の日本では東京帝国大学の農学部は医学部よりも難関とされていました。民俗学者の柳田國男は東京帝大法科大学出身ですが、農政学を学び、卒業後は農商務省に入っています。「農業は国の基(もとい)」という意識があったのです。
 この意識は戦後の日本にも受け継がれます。たとえば、私の県立浦和高校の同級生に末松広行君という友人がいます。とても優秀な人です。彼はいま農水省の事務次官を務めていますが、高校時代から農業に取り組みたいと言っていました。
 戦後日本を復興させ、高度経済成長を実現したのも、日本人に流れる農業のDNAです。農業では生産と勤労が重視されます。この精神は産業界で働く人々にも共有されていました。田んぼでお米を作るのと同じように、自動車や家電製品などが作られていたのです。
 しかし、新自由主義が吹き荒れた結果、こうした精神は失われてしまいました。
 とはいえ、新自由主義はもはや限界を迎えており、人々の間でもこれまでのやり方は通用しないという雰囲気が強くなっています。
 そこで重要になるのが協同組合です。協同組合は私的な利益を追求しているわけではなく、国家の利益を代弁しているわけでもありません。自分たちのグループの利益を追求しています。これは農協だけでなく、生協も一緒です。共助の精神こそ協同組合の意義です。 協同組合に対しては、既得権益団体だとか業界のエゴだといった批判がなされることがありますが、そうした批判を恐れてはなりません。協同組合は個人的なエゴを主張しているのではなく、あくまでも集団的な利益を追求しています。それだから、たとえ批判されたとしても、そこは一種の開き直りが必要になります。

産業組合発祥の碑(栃木県大田原市湯津上)(写真)産業組合発祥の碑(栃木県大田原市湯津上)

 

◆農協のイデオローグは誰?

 ―協同組合の共助の精神に力があれば、そもそも日本でここまで新自由主義が吹き荒れることはなかったのではないでしょうか。そこから考えると、新自由主義の世の中で協同組合を維持していくことは困難なのではないですか。

 

 佐藤 そんなことはありません。いまも協同組合は様々な領域で影響力を保持しています。その最たるものが創価学会です。創価学会は宗教団体ですが、協同組合的な要素を持っています。
 創価学会があれほどの組織を維持できているのは、彼らがイデオロギーを持っているからです。農協も新たな時代に通用するイデオロギーを構築していかねばなりません。そのためにはイデオローグの存在が重要になります。
 たとえば、新自由主義のイデオローグは誰だと問われれば、竹中平蔵さんの顔が浮かぶと思います。また、国家が経済に関与する形で経済をコントロールしていくべきだと主張している人と言えば、中野剛志さんや藤井聡さんがいます。
 それでは、農業のイデオローグは誰でしょうか。名前がぱっと浮かぶ人がいるでしょうか。誰もが「農業のイデオローグと言えばあの人だ」と思い浮かぶような人を作っていかねばなりません。

 

 ―安倍政権は農業を取引材料に使おうとしていますが、これは食料安全保障という観点から考えると非常に多くの問題をはらんでいます。日本政府は今後、どのような農業政策を行っていくべきですか。

 

 佐藤 日本政府のやるべきことは、まずは農協の取り組みを邪魔しないことです。また、農業の中には構造転換をしなければならない業種があることも事実です。政府としては農協と真摯に対話を重ね、自発的な改革を促していくことも必要になります。
 次世代の農業者の育成も重要です。先の臨時国会では入管法改正が話題となりましたが、農業技術の研修生を受け入れる仕組みをしっかりと作り、農業政策の中に位置づけていくことを考えるべきです。また、最近では定年になってから農業を始める人も少なくないので、この人たちの位置づけも重要になります。
 食料安全保障という観点からは、国民の食をどのように担保していくかということを考えなければなりません。たとえば、いま中東ではサウジアラビアのカショギ殺害事件をめぐり、混乱状況が生じています。もし事態がエスカレートすれば、ホルムズ海峡やスエズ運河を経由する物流がストップする恐れもあります。そのため、食料の備蓄も必要です。
 繰り返しになりますが、農業は国の基です。総合的な安全保障を構築する上でも、農業は要となります。日本政府にはそのことをしっかりと認識してもらいたいと思います。

 

(本特集カテゴリー)
自給率38% どうするのか?この国のかたち - 挑戦・地域と暮らしと命を守る農業協同組合

 

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