「みどりの食料システム戦略」に物申せ【小松泰信・地方の眼力】2021年3月31日
3月29日農水省は、「みどりの食料システム戦略 中間取りまとめ」(※1)を決定した。
「みどりの食料システム戦略」の概要
戦略策定の背景は、「将来にわたって食料の安定供給を図るために、災害や温暖化に強く、生産者の減少やポストコロナも見据えた農林水産行政を推進していく必要性が高まっている」と「SDGsや環境を重視する国内外の動きが加速していくと見込まれる中、持続可能な食料システムを構築していくことが急務となっている」、この2点に要約される。
そのため同戦略は、「生産から消費までサプライチェーンの各段階において、新たな技術体系の確立と更なるイノベーションの創造により、我が国の食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する」ことを目指している。
2050年までに目指す姿として、8項目が示されている。うち、農業に関係するものは次の4項目。
(1)農林水産業のCO2ゼロエミッション化の実現
(2)化学農薬の使用量(リスク換算)を50%低減
(3)化学肥料の使用量を30%低減
(4)耕地面積に占める有機農業の取組面積の割合を25%(100万ha)に拡大
また、10年単位での戦略的取組方向は、次のように整理される。
(1)2030年までに、開発されつつある技術の社会実装(小松注;実装とは、装置を構成する部品を実際に取り付けること)
(2)2040年までに革新的な技術・生産体系を順次開発(技術開発目標)
(3)2050年までに革新的な技術・生産体系の速やかな社会実装(社会実装目標)
このように長期的展望に立った、大がかりな体系で、かつこれまでの慣行農業とは異なる農法の定着を目指している。
あふれるスピード感
だとすれば、練りに練った戦略が策定されるべきだが、実態は「スピード感」をもって創り上げられたもの。
山田優氏(日本農業新聞特別編集委員、日本農業新聞3月30日付)は、「昨年10月16日に野上浩太郎農相が戦略づくりを会見で披露。その後12月21日に戦略本部が設置された。年が明けて関係者らとの意見交換会を繰り返し、3月5日に素案がまとまった」ことから、「即席麺じゃあるまいし、3カ月ぐらいで農政の大転換を決めないでほしい」と、手厳しい。
ちなみに、生産者、団体、企業等との意見交換会(オンライン)は、1月8日の日本農業法人協会を皮切りに、3月17日の再生可能エネルギー事業関係者まで、20回行われている。
JA全中(第2回)は、「JAグループも昨年5月に『JAグループ SDGs 取組方針』を策定。持続可能な食料生産と環境負荷の軽減等は、我々の認識や方向性と一致しており、一緒に取り組んでまいりたい」「グループ内で組織的な議論を行い、政策提案等を整理する予定。引き続き、意見交換をお願いしたい」などと発言している。
JA全農(第14回)は、「『生産者と消費者を安心で結ぶ懸け橋になる』という全農グループの経営理念と合致しており、かつ、JAグループの事業施策と密接に関わる。JA全農としても、積極的に戦略実現に向けて取り組んでいきたい」「一方、こうした施策の普及のためには、生産者のみならず、食品企業、外食・小売業者、消費者の理解と協力が必要。また、メーカーや研究機関と連携した技術開発、国による予算支援・規制改革等が重要」「本戦略は、これまでの産業政策の転換点ともなりうるものであり、農林水産省と密接に連携しながら新たな日本農業の形を構築できるよう取り組んでいきたい」などと発言している。
有機農業関係者(第13回)は、「有機農業の面積目標として、日本でも25%を大きく打ち出すべき。日本の有機農業を一気に進める目標を設定することは、世界に対してのアピールに繋がる」「有機JAS認証が広がらない理由は、費用が全て生産者負担であり、毎年検査を受けなければならず費用がかかる一方、費用に見合う価格で販売できる補償はないことである」などと発言している。
総論賛成の流れに待ったをかけたのが、戦略に関する知見を最も有しているにもかかわらず、意見交換の場を与えられなかった「日本有機農業学会」である。
日本有機農業学会からの興味深い提言
日本有機農業学会(谷口吉光会長・秋田県立大学教授)が農水省に提出した、「『みどりの食料システム戦略』に言及されている有機農業拡大の数値目標実現に対する提言書」(※2)は、冒頭で「国が欧米並みの高い数値目標を掲げて有機農業の推進に取り組むことは喜ばしいことである。しかし、目標を実現するための政策手法にはさまざまな問題があり、大幅な見直しが必要だと思われる」とする。そして、「有機農業という言葉の再定義」「技術革新(イノベーション)の方向性」「担い手の育成と農地の確保」「畜産のあり方」「農山漁村の地域振興との関係」「消費拡大の方向性」「国民の農業理解の必要性」の7項目にわたり、提言している。
注目した5点をつぎのように整理する。
(1)有機農業とは、「農地の生態系機能を向上させることで、生産性の向上と自然生態系の保全を両立させる農業」である。「化学肥料、化学農薬、遺伝子組み換え技術を使わない農業」という定義は過去のものである。
(2)技術革新については、「生態系の機能を向上させて間接的に作物に働きかける方向の技術」が求められるが、同戦略に示されたものは、「人間が作物に直接働きかける技術が中心で、生態系の機能を向上させる技術は非常に手薄」である。
(3)有機農業は持続可能な地域づくりにおいて重要な役割を担う可能性が高いので、同戦略を産業政策と地域政策を統合した政策として遂行する。
(4)有機農産物に対する消費(需要)を飛躍的に増やすために、公共セクターが率先して購入する(公共調達)。
(5)同戦略を機に、農家と非農家市民を隔てる見えない壁を取り壊し、国民の農業理解を格段に深化させる取り組みを始める。
戦略に赤点滅
当コラムは、この戦略が食料自給率をどのように位置づけているかに注目した。検索の結果、PDF資料の中に1カ所添えられていただけで、言及なし。食料自給率向上策に正対しない「食料」戦略は百害あるのみ。
さらに、「知」を嫌う菅首相への忖度なのか、学会無視、それも専門家集団の日本有機農業学会を等閑視して有機農業を語るとは、勇気というか蛮勇そのもの。「知」もなめられたもの。「みどりの食料システム戦略」に赤点滅。
「地方の眼力」なめんなよ
※1:https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/team1-86.pdf
※2:https://www.yuki-gakkai.com/wp-content/uploads/2021/03/ad610735000bf2cdf94163e8e3d7c542.pdf
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