JAの活動:加藤一郎が聞く農協文化論
プロレス界を一世風靡 悪役「キラーカーン」 小澤正志氏に聞く2019年5月8日
時代はヒール(悪役)を求めているライバルこそ成長のエネルギー
聞き手:加藤一郎(千葉大学客員教授)
<小澤さんとの出逢いの風景>
小澤さん(キラーカーン)との出逢いは35年前の1984年に全農が米国企業と合弁で開始した肥料原料のリン鉱石採掘事業で米国フロリダ州タンパに私が赴任した時に始まった。当時のタンパには日本人はほとんどいなかった。ある時、自宅に「私は小澤ですが、日本人がタンパに移住して来たと聞き、ぜひお会いしたい」と電話があった。家内と一緒に待ち合わせ場所に行くと、そこには米国人を凌ぐ大男が立っていた。それがキラーカーンだったのだが、私たちはプロレスに疎くリングネームも知らず、正直に言って大男に恐怖感が募った。彼の家では奥様のシンディを紹介され、彼はプロレス雑誌を取り出してきて自分のことを話し始めた。
彼は元春日野部屋の力士で70年に廃業しプロレス界に入り、79年に米国に拠点を移した。私と出会った当時彼は37歳で、私の2歳上であった。そこからキラーカーンである小澤正志さんとの付き合いが始まるのだが、私は小澤さんの誠実な人間性に心を打たれた。その後、プロレス界を引退。日本に帰国し30年以上も新宿で飲食店を経営、現在は新大久保にある「居酒屋カンちゃん」の経営者であり「食」の語り手でもある。その彼に“ヒール”(悪玉)の果たす役割について改めて聞きたいと彼を訪ねた。(加藤一郎)
◆農家の出身
加藤 小澤さんの実家は確か新潟県の農家だと聞きました。
小澤 旧西蒲原郡吉田町で猫の額ぐらいの畑はありました。
加藤 相撲界にはどういう理由で?
小澤 中学卒業して高校に行きましたが、体がでかくて相撲やプロレスが好きでした。たまたま相撲雑誌を見たら、横綱の大鵬、柏戸も意外に細くて俺の体に良く似ているな、と思ったりもしました。母親も栃錦のファンで、それで自分なりに、一か八かがんばってみようと思い16歳のときに入門しました。
加藤 そもそも中学生のときに大きかったわけですから、子どものころから特別な食生活があったんですか。
小澤 それは別にありません。ただ、おふくろは絶対食べ物を残してはだめだ、大事にしなきゃいかんといつも言っていました。魚にしても、人間がそれを獲って食べるんだから粗末にせずに感謝の気持ちできれいに全部食べなきゃだめだと。男兄弟3人ですが、サンマなんかみんなで頭からばりばり骨まで食べさせられましたね。

◆プロレスとは?
加藤 さて、小澤さんはアメリカでヒール、つまり悪玉役のレスラーとしてファイトしていました。対戦前には鏡を見てヒールにふさわしい顔づくりもしていたとか。もう一方のベビーフェイス(善玉役)をどうやって引き立てるかというのがプロレスの基本だとお聞きしました。ヒールは非常に重要なのですね。
小澤 アメリカのプロレス界は日本のような組織はなく個人、個人で戦って足の引っ張り合いで上をめざしますが、プロモーターからお前はヒールだと言われても客が認めなければだめです。観客が、あのキラーカーンの野郎、本当に憎たらしい、ぶっ殺してやる、という気持ちで会場に来るようになって初めて一流だし、試合にお客を集めるのはヒールの役目です。
ヒールは試合をしながらお客が何を求めているかをきちんと把握しながら、ベビーフェイスを立ててヒールがワルになっていく。ヒールがベビーフェイスを本当のスーパースターにしていくわけです。
加藤 ご存知だと思いますが、タンパでよく食事をご一緒した小高根さん(当時ニューヨークの米国全農に勤務。現在は住化アグロソリューションズ社長)は、小澤さんがマディソンスクエアガーデンでメインイベンターとして大人気だった時代のファンでよくプロレス番組を見ていたそうです。
米国のテレビでは、次週の対戦相手をテレビカメラの前で口汚く挑発したりするそうですね。小澤さんはいつもミスターフジというマネージャーと一緒に登場して、彼にその挑発役をやらせて、小澤さん自身は一言も英語を話さず、ただひたすら狂気に満ちた怖い顔でテレビカメラをにらみつけるスタイルだと彼から聞きました。ところがある時、小澤さんが珍しく口を開き、しかも日本語で"あんなミゼット野郎、ひねりつぶしてやる"と次週対戦する人気の米国人レスラー(ランディ・サベージ)を挑発したのを見て大興奮したとか。このエピソードを聞いて、いつも心優しい小澤さんがプロレスではヒールに徹している姿を想像して、思わずニヤッとしました。
ところでプロレスファンでも、当時、キラーカーンは日本人じゃないと思っていた人が結構いるようです。
小澤 今、トークショーで話すのは、長い間、ウソついていてすみません、私はモンゴル人でもなんでもありません、本名は小澤正志、新潟県燕市出身の100%日本人です(笑)。
海外のプロレスに参戦してそれなりに成績を上げたらメキシコからオファーがあったのです、大きな日本人が欲しいと。ただ、すでに日本人は何人かいたのでモンゴル人として名乗ってきてくれと。チンギスハーンのモンゴル帝国のイメージから、そう考えたのでしょう。その後、アメリカに移る話になり、そこでチンギスハーンをもじって、殺し屋、つまり、キラーカーンにすると言われ、自分もいい名前だなと。
リングに向かうときの観客のブーイングは今でも忘れられないですよ。あれはメインイベントをやった人間しか味わえない快感でしょうね。前座じゃお客はブーイングしません。
加藤 プロレスでは相手が技を仕掛けてきたら逃げずに真正面から受けるのがレスラーとして一流だと言われているそうですね。
小澤 そうです。変に逃げれば怪我する場合もあるからです。技を受けられるように日頃から鍛えておかないと。
加藤 つまり、プロレスは相手からやられることの上に競技が成立しているのではないかと私なりに考えます。そこには相手を活かし尊重し自分も輝くという考えがあると思います。
小澤 プロレスには裏がある、というのは、そこだと思います。だからベビーフェイスよりヒールのほうが楽しいですよ。お客が盛り上がる。やりがいがありますよ。つまり、ヒールが試合をつくるのですから。

加藤 日本はみんなベビーフェイスになろうとするから世の中がおかしくなってきたのかもしれません。
小澤 そういうことかも知れないですね。ヒールがいて初めてベビーフェイスも浮かび上がり、そこにはヒールのお蔭だという感謝の念がなければいけません。
加藤 その感性が重要だと思います。結局、今は対立の構図をはっきりさせ勝ち負けをはっきりさせるという風潮になっていますが、それでいいのだろうかということを思います。
小澤 善玉ばかりだったら力道山もあんなスターにはならないですよ。逆に、悪玉デストロイヤー、あんないい人間はいませんでした。
◆競争でレベルを上げる
加藤 小澤さんもいろいろと地方に出かけることもあると思いますが、日本の農家は海外からの農産物輸入などで苦しくなり、地方そのものが高齢化と相まって疲弊しています。そういう方々を力づけるために、農家で育った小澤さんがレスラーを引退後、新宿という激戦区で居酒屋を経営して繁盛させている立場から、何かメッセージをいただければと思います。
小澤 確かに輸入農産物がたくさん入ってきていますが、日本のものは手をかけて作り外国産よりも美味しいのですから、日本のものは違うのだということを見せつけるよう努力するしかないと思います。枝豆にしても日本のもののほうがはるかに美味いし、私の店でも日本のものを出しています。全然、味が違うし、ものが違うのですから。
素直に言いますが、ライバルがあってこそ良いものができてくると思います。私も日本人だから外国のものなんか輸入しなくて日本の農家もがんばっているので、日本のものだけ買うのが礼儀かもしれないけれど、お互いにライバル意識でやっていけば品種ももっと良くなっていくんじゃないでしょうか。ただ、最近の若い人は必ず残しますね。自分は子どもの頃、そんなに食べられなかったから、なんで残すのかなと店の片付けをしながら涙が出てくることがあります。食べ物を残すなんてことは考えられなかったです。
【インタビューを終えて】
◆「JAグループはヒールになる度量を」
内閣府・規制改革会議から「日本の農業を変革する」とのメッセージからJA全農をはじめJAグループはヒール(悪玉)の役割を押し付けられたように感じる。JAグループはベビーフェース(良い子、善玉)になることに過剰な努力をしていないだろうか。プロレスでも、ドラマでも、ヒールが見事に役割を演じることが成功につながる鍵とも言える。見方によってはトランプ大統領をはじめヒール役に徹する指導者が各国に登場してきているのではないだろうか。ヒールの果たす役割は奥が深く、閉塞感が漂う農業・農村社会を変える起爆剤になるのではないか。恐れずにヒールになるべきではないか。そこに物事の本質が見えてくると思う。JAグループの果たしている役割、真価が生産者も消費者にも正しく評価されるのではないのだろうか。(加藤)。
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