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JAの活動:第42回農協人文化賞

【第42回農協人文化賞】営農事業部門 信州うえだ農協前代表理事組合長 坂下 隆行氏 人材育成はJAの責務2022年2月7日

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長野・信州うえだ農業協同組合前代表理事組合長 坂下 隆行氏長野・信州うえだ農業協同組合前代表理事組合長 坂下 隆行氏

JA信州うえだは平成6(1994)年、長野県東部の上小地域にある上田市、東御市(旧東部町地域のみ)、小県郡長和町、小県郡青木村の2市、1町、1村の7JAが合併して誕生しました。

また、独自販路の拡大や顔の見える安定した取引先確保と地域活性化につながるブランドづくりをめざして、マーケットインに基づく生産体制の構築を進め、地場の商工業者、観光業、大学など異業種との多様なネットワークによる販売チャネルの拡大に努めています。

私は昭和40(1965)年に地元の高校を卒業し、東京の信用金庫で3年間勤務。営業の業務に携わっていましたが、家庭の事情で故郷に帰り、就農しました。昭和45(70)年には長野県の支援により、米国の果樹試験場および先進的な果樹栽培農家で農業技術指導や農業経営について3カ月間学び、これを契機にリンゴなど果樹中心の専業経営を始めました。

平成4(1992)年からJA生産部会である「ヤマジョウ果樹部会」の生産部長、6(94)年から販売部長、また16(2004)年から「ヤマジョウぶどう部会」部会長として多くの仲間と共に早期に結実年数に到達するよう、リンゴの大苗づくりに取り組みました。

部会として当時は珍しい取り組みであった荒廃園に苗木を植え付け、数年後に地区の担い手へ貸し付ける仕組みを考案し、荒廃園の解消にまい進しました。こうした取り組みが評価され、東京・横浜・大阪の青果中央市場でヤマジョウブランド(JA信州うえだ産リンゴ・ブドウのブランド)が高評価を受け、他産地と比較して2倍の卸値で取引されるなど、生産部会の「農業魂」に火が付き、部会の結集力はさらに強いものとなっていきました。

それまでは一生産者とJAとのつながりであったものが、平成19(2007)年から非常勤理事として、22(10)年からは代表理事専務理事を2期、そして28(16)年から3年間、代表理事組合長として農業協同組合運動に携わることになりました。

また平成25(2013)年度から、地域の特色や資源を最大限に活用し、地域一体となった「地域農業振興ビジョン」を策定し、農業生産の拡大に向けて取り組みを進めました。

上田市を表敬訪問

上田市を表敬訪問

その取り組みのひとつがJA独自支援である「農業支援プラン」の拡充です。パイプハウス設置事業を中心に強い農業づくりに取り組み、平成22(2010)年度の事業開始以降、平成30(18)年度には1300人の生産者が利用し、約5億円の事業実績につながりました。

また、営農指導強化と支援体制の構築に向けて、生産者の経営規模、品目に応じた農家巡回を徹底し、対話活動を通じて安定した出荷数量の確保、消費者ニーズに応える生産体制の確立にも取り組みました。

いま日本の農業が直面している農業従事者の高齢化や担い手不足、それに伴う農業生産規模の縮小、耕作放棄地の増大は地域農業の安定的継続に暗い影を落としています。

組合長としての在任中、JA子会社である(有)信州うえだファームが、農地の多面的機能を維持し、遊休荒廃地の再生・利用・発生未然防止のため新わい化栽培を導入。新規就農者に対しても募集から研修、定着まで一貫した支援を行ってきました。担い手の確保や耕作放棄地の解消は費用のかかる事業ではありますが、地域農業を守る人材育成はJAの責務と考えています。

この取り組みが評価され、平成29(2017)年、第9回耕作放棄地発生防止・解消活動表彰で農林水産大臣賞受賞しました。現在、信州うえだファームの経営面積は米・麦・果樹・野菜等など49・9ヘクタールになっています。また、これまで61人の研修生を受け入れ、その内47人が新規就農を果たしました。農業に賭ける熱い思いを胸に、ほ場で活躍しています。

今後も日本農業を取り巻く環境は厳しい状況が続くと思われます。この逆境を克服し、地域に根差した協同組合として、地域から信頼され、必要とされるJAをめざして欲しいと思います。

特にこれから農業協同組合運動に挺身(ていしん)をされる職員には、「JAは組合員のもの」、「JAは人とのつながりで成り立つ組織」であることを心に留め、何が大変で、何がうれしいのかを知るために農家の懐に飛び込む気概を持って、業務に当たってほしいと、強く思っています。

農業は命を育む唯一の産業であると共に、豊かな自然と地域の独自の文化を後世に伝える重要な産業でもあります。農業を誇りに、農協職員である自らの誇りを胸に農業協同組合運動にまい進してほしいと願ってやみません。

私も一組合員として時には苦言を呈することもあるかと思いますが、JA信州うえだを愛する者の一人として、敢えて申し上げることを理解して頂ければ幸いです。これからも、共に「地域農業の発展」と「なくてはならないJA」をめざして力を合わせていきましょう。

【略歴】

座右の銘座右の銘

さかした・たかゆき 昭和21(1946)年9 月24 日生まれ。昭和40(1965)年長野県立丸子実業高校卒業。平成19(2007)年5 月信州うえだ農協理事就任。平成22(10)年5 月代表理事専務理事。平成28(16)年5 月代表理事組合長就任。(~令和元年5 月)

【推薦の言葉】
農業経営モデルの手本

坂下氏は、標高の高い荒廃果樹園を借入して、補助金等を受けることなく独力で、樹園地再生に挑戦し、経営を軌道に乗せた。組合長退任後も、再び果樹専業農業者となり、リンゴを中心に成園10アール当たり150万円の販売を実現している。また、農協経営者としては、組合員目線の運営方針と、役職員には"法令順守"と"前年通りのマンネリ体質からの脱却"を訴え共感の和と輪を広げた。
営農部門では、荒廃農地の再生と次世代農業経営者育成の取り組みでリーダーシップを発揮。管内の自治体、農協、農協出資の信州うえだファーム、農業農村支援センターでプロジェクトを組織し、新規就農者などのスタートアップ支援事業、家賃支援事業などの事業を展開した。
同氏の助成金に頼らず独力で個別の経営拡充を実践したことが地域の農業経営のモデルになった。

【第42回農協人文化賞 受賞21氏の「体験と抱負」紹介】

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