【令和6年度農業白書を読む】「多様な担い手」への高い着目度に注目 横浜国大名誉教授 田代洋一氏2025年6月4日
政府は5月30日に令和6年度の食料・農業・農村白書を閣議決定した。400頁を超える大冊で農水省担当者は「この白書を見れば農業の状況や政策が分かる辞書のような存在をめざし工夫した」と話す。田代洋一横浜国大名誉教授はどう読んだか。今後の白書のあり方も含めて寄稿してもらった。
田代洋一・横浜国大名誉教授
白書の読み方
基本法改正・新基本計画策定後の「初の」農業白書」が出た。その期待感をもって読んだが、相変わらずの大冊で、農政の全分野にわたって「広く浅く」のスタイルで、うっかりすると「木を見て森を見ず」になりかねない。
実は白書の個々の叙述は、前年度の繰り返しも多く、時には同じ図表や写真が使われたりする。そこで冒頭の「特集」や「トピックス」で新機軸を打ち出すことになり、また囲み(コラム)の「事例」「フォーカス」等は刷新されるので、その辺に焦点を当てて読むのも一つの方法だろう。
新基本計画を特集
今年度の特集は3本、1.新基本計画、2.合理的な価格形成、3.スマート農業技術だが、新たな論点はない。
1については基本計画の「目標・KPI」が丸まる紹介されている。「地域政策を、産業政策との車の両輪として実施」としているが、これは新計画には無く、2020年基本計画からの借用である。
摂取熱量ベース食料自給率が新たに目標に加えられた。供給熱量ベースから食品ロスを差し引いた自給率で、白書は「消費者の食品ロスの削減等への関心」を高めることになるとしている。しかし、肝心の基本計画のKPIは事業系食品ロスの削減率のみで、家庭系のそれは無い。
「フォーカス」欄で「殻を破った水田政策の見直しへ」を取り上げているが、米生産調整を廃止し「米を目いっぱい作ろう」と言う政権中枢の下、果たして何の「殻を破った」のだろうか。来年以降が注目される。
農業女性に注目
トピックスは、1.輸出、2.みどりの食料システム戦略、3.女性活躍の推進、4.農福連携、5.能登半島地震・水害を取り上げている。農業女性をトピックスにとりあげたのは5年ぶり。
女性の基幹的農業者の減少率は全体より少し高く、割合も1990年の48.0%から39%に落ちた。その原因解明も欲しいところだ。他方で白書(農林水産政策研)は、コーホート分析から65歳未満の150日以上農業従事女性が2015~20年に1万人増えたことを特記している。そして女性が経営参画している個人経営体は農産物販売額の伸びが高い。農業女性のみならず、農家女性が地域づくり等の多方面で活躍している姿も注目したい。
白書は第2章第7節を「女性農業者・高齢農業者・農業生産組織の活動促進」とし、また「半農半X」の取組みにも触れるなど(320頁)、総じて基本計画や昨年度白書よりも「多様な担い手」への着目度が高い点が評価される。
輸出に1章をあてる
本論の各章について、それをどう組み立てるかが今年の白書の正念場だ。
食料・農業・農村基本法下の白書は、特集やトピックスの次に食料、農業、農村の各章が置かれるスタイルで、大震災後には災害復旧が追加された。昨年の白書は「環境への負荷の低減」を重視した基本法改正を意識して、第1章「食料安全保障」の次に第2章「環境と調和のとれた食料システムの確立」を置いた。
今年度の白書は、従来の章別構成を大きく変えた。第1章「世界の食料需給と我が国の食料供給の確保」、第2章「農業の持続的発展」、第3章「輸出促進」、第4章「食料安全保障の確保のための持続的な食料システム」、第5章「環境と調和のとれた食料システムの確立・多面的機能の発揮」であり、以下、農村、災害復旧となる。
最大の変化は「輸出」について一章が起こされ、白書の要(かなめ)になった(「農林水産物・食品輸出白書」化)。これは改正基本法と言うよりも新計画に即した位置づけといえる。改正基本法は「国民一人一人の食料安全保障」を基本理念に据えたが、それは第4章でやっと論じられる。
以上のような章別編成の変更に伴い、何がどこで論じられているかが分かりづらくなり、同一のテーマや作目があちこちに分散するきらいがある。
食料自給率をめぐって
各章を紹介する余裕がないので二点だけとりあげる。
第一は食料自給率。食料自給率を食料安全保障の多数目標の一つに埋没させた改正基本法・新基本計画に対して、白書がどう対応するのか。結果的には第2章第2節のトップの方で総合食料自給率に触れている。飼料輸入を無視した(あるいは100%と仮定した)食料国産率といった怪しげな指標は消え、その点はすっきりした。他方で食料安全保障状況を一発で示す「食料自給力」指標が消えたのは残念だ。
また、飼料自給率は生産資材供給の項に移された(88頁)。白書は畜産物の<消費拡大→輸入増→飼料海外依存>を指摘している。このことは畜産物の輸出拡大についても言えることだ。
近年の食料自給率低下の原因について、白書は、恐らく、増産している作目をプラス要因、減産のそれをマイナス要因として自給率変動への寄与率を計算し、「食料自給率が高い米等の消費量が減少したこと」が自給率低下の要因だとしている (69頁)。
この論理でいった場合、自給率向上にまず必要なのは、輸出よりも日本型食生活や食農教育の普及等を踏まえた内需市場の拡大ではないか。自給率が低い国は、低い分だけ、人口減少下にあっても内需拡大の伸びしろが大きい。その点で白書がJAの国消国産運動等にも言及した(264頁)のは評価される。
第1章のコラムは英国の食料安全保障指数を紹介し、その中で「エコノミスト」誌の日本の食料安全保障インデックスは113か国のなかで8位から6位に上昇したとしている(70頁)。主食の確保にもオタオタしている国民としては、「ホントかね」である。
令和米騒動をめぐって
最大の焦点は「令和の米騒動」だが、白書は第2章の「コラム」で「夏の米の品薄と米の円滑な流通」として1ページを割くのみ(145頁)。結論は、「生産者、卸売業者、中食・外食・小売業者の各段階で在庫増が明らかになりました」である。
つまり価格高騰に伴う「売り惜しみ」(在庫増)が原因と言うことか。とすれば随意契約による安い備蓄米を供給すれば民間在庫も売り出され、価格は正常化するという政府の筋書きどおりになるが、果たしてどうか。
農政としては、①価格という市場シグナルへの敏感度②民間在庫の常時把握③政府備蓄の目的、量、放出基準等の適切性等、チェック項目が多々あるはずだ。とくに、④たんなる流通上の問題なのか、生産過程に及ぶ問題なのか。
その点に関して、白書は、別の箇所(第1章第2節)で図1を掲げている(71頁)。これによると2022年以降、少なくとも単年度では米は供給不足だった。マスコミも「甘く見たコメ不足」を言いだした(朝日、6月2日)。
つまり生産過程までさかのぼった分析が必須である。農業経営の採算性レベルの分析も欠かせない。それは「合理的な価格形成」の問題にも通じる。これらの点の解明なしに「殻を破った水田政策の見直し」はありえない。
KPIの検証と農業白書
他の項目には触れられなかったが、第5章のコラム「農業の多面的機能は、医療や介護にもプラスの働き」(305頁)は目からウロコだった。
最後に、新基本計画は90弱のKPIを設定し、少なくとも年1回、達成状況を調査・公表するとしている。これは農政の透明度を格段に高めるはずだが、他方で農業白書とは項目的に重なり、違いは国会報告の有無のみである。農水省は両者の整合性確保に腐心するのだろうが、国民は同じ内容を聞かされても困る。
白書は「広く浅く」の「万遍主義」をやめて、年々の焦点テーマを深掘りすることに徹しても良いのではないか。来年は2025年農業センサス結果、米騒動の帰趨、水田政策見直しなどテーマに事欠かない。
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