農政:時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す
(98)「教育」を追放する農協法改正でいいのか2015年8月7日
ちょっと長くなるが、茨城県玉川農協(現JAひたち野)元組合長・山口一門氏の一文を紹介しておきたい。「いま農協をどうするか――むらの仲間とともに――」という同氏著の中の一文である。
◆教育なくして農協なし
"...協同組合の先輩たちは、教育がなければ協同組合はないというほど重要なものと考えていた。
そのため農協でも、法律や定款において、剰余金の五%を配当や積み立てにしないで、翌年度の教育情報資金として繰り越さなければならないと規定している。
(中略)
ともあれ農協の教育活動は、農協組織の人間の結合体である側面を強化することにある。そのことによって、資本主義社会のなかで、それとはまったく同質の資本活動を展開する経済活動に対して、一定の方向性を与え、協同組合としての性格をもたせようとするものである。
もし農協にこの教育活動が欠けると、農協は協同組合の機能をもたない組織に変質し、完全に資本と化してしまうことは必然である。教育活動は、組織の本来的な存在さえ左右するものである。"
◆参院審議で議論を
山口もふれていた"法律"というのは、1947年制定の農協法10条1項10号の"組合の事業に関する組合員の知識の向上を図るための教育"という規定、及び51条4項の"第十条第一項第十号の事業の費用に充てるため、毎事業年度の剰余金の二十分の一以上を翌事業年度に繰り越さなければならない"という規定だった。
前々回の本欄でふれたように、中央会制度を導入した54年改正で10条1項10号の規定は"......技術及び経営の向上を図るための教育"となり、"組合に関する教育"は中央会の事業となった(第73条の9条1項3号)。
更に01年改正で10条1項10号は1号に格上げになるが、教育の文字は無くなり、"農業経営及び技術の向上に関する指導"になった。単協を"地域農業の司令塔として地域をリード"させるためと当時の農水省担当課長は言っていたが、この単協の事業から教育を追放したことの問題性について、私は次のように指摘しておいた。
"教育"を農協法第10条第1項の農協事業から追放した農政は、農協の経済事業を商行為一般と同一視しようとしているのではないか、と私は危惧する。"地域農業振興の司令
塔"は上から号令する司令塔であってはならない。"(協同組合経営研究所、
「にじ」04年夏号所 収拙稿)
そして今度の農協法改正である。全中は一般社団法人にさせられるが、都道府県中央会は農協連合会になってまだ農協の枠内にはあることになっているが、その事業には教育は入っていない(改正案附則第13条5項)。改正案が国会を通れば、教育は完全に消えてしまい、"農協経済事業を商行為一般と同一視"していいようになるだろうし、やがては"農協は協同組合の機能をもたない組織に変質し、完全に資本と化してしまう"ことになろう。 今度の改正案では、第8条の"営利を目的としてその事業を行ってはならない"を削り、"事業の適確な遂行により高い収益性を実現し、事業から生じた収益をもって......投資又は事業利用分量配当に充てるよう努めなければならない"という一文を加えることになっている(改正法案第7条)。"営利を目的と"する組織、営利企業と同じ組織にしていこうとしているのである。だから、教育などがあっては邪魔になるとして追放したのである。これを許していいのだろうか。衆議院では教育追放はあまり議論されなかったようだ。准組合員をどうするかも大問題だが、教育追放をもっと問題にすべきだ。良識の府とされている参議院では、"組織の本来的な存在さえ左右する"問題であることを充分論議してほしいものである。
◆源流は産業組合時代
教育重視は農協法から始まったのではなく、日本で協組運動が始まった時からの古い伝統であることを示す意味で、産組中央会2代目会頭・志村源太郎の一文を紹介しておこう。志村は産組中央会の主要業務を教育、調査、監査にしたことで知られるが、その彼は「産業組合問題」(1926年刊)の最後の章で"各地方の各組合に共通な重要事項"、信用・購買・販売等各組合の"事業経営上に付て、希望事項"を述べ、その結びを次のような文章で結んでいる。
"此の如きは、各産業組合が日常其の業務を進むる上に於て、平素心掛くべき大綱であるが、此の種平凡なことでも、満足に之を行うことは寔に容易なことではないのである。是れ産業組合は本来、組合員間の精神的結合が中心であり、連帯責任観が連鎖である。之あればこそ正直の資本化は可能となり、道徳と経済が並行し、少量の生産物も商品たるに適し、所得少なき人々の購買力を大ならしめ、事業経営及び生活の改善も亦、之を実現し得るのである。寔に精神的方向の組合的訓練を忘れては、産業組合は無いも同然なりと思うのである。
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