言論規制としての学術会議問題【森島 賢・正義派の農政論】2020年11月2日
学術会議問題、つまり菅義偉首相が学術会議の人事に介入した問題は、政権にとって不都合な言論を、権力を使って規制しようとするものである。
これまでも、言論は様々な形で規制されてきた。その方法をみると、いままでは穏やかにみえる、しかし陰湿な経済的規制だった。しかし、こんどは法的な装いをした政治的規制に変質した。
政治的規制とは、どんなものか。
もしも、こんど学術会議から新会員に推薦され、政府から拒否された6人が、拒否を不当として会員の会合に参加しようとすると、官憲から物理的に阻止される。それを振り切ろうとすると、暴力的に拘束されてブタ箱に入れられる。法的、政治的規制とは、こういうものである。
言論規制は、こうした新しい局面に転換したのである。
政府は、学術会議の人事へ介入することで、学問の自由を侵すことはない、などといっている。しかし、それは見苦しい言い逃れである。
学術会議は、もちろん研究機関ではない。研究の成果を社会に反映し浸透させることを目的にして、科学者たちが集まって議論をし、社会に提言する組織である。
科学者には、様々な社会観をもった人たちがいる。いまの政府の政策を批判する人もいるし、擁護する人もいる。だから、社会に対する提言を1つにまとめ上げるには、自由な議論が必要になる。その場が学術会議である。
もしも、この自由な議論を規制すれば、社会を間違った方向へ向かわせてしまう。
◇
こんどの問題は、いまの政府の政策を批判する不都合な科学者を、学術会議の議論の場から排除するものである。つまり、学術会議の自由な議論を抑圧するものである。
そして、学術会議が科学者の国内外に対する代表機関であり、科学者の国会とまで言われていることを考えるとき、それは、わが国の言論の自由を否定するものである。
◇
多くの人は、日本には言論の自由がある、と思い込んでいる。しかし、その実態をみると、自由はない。すでに以前から特定の人たちが報道機関から排除されてきた。彼らは、事実を根拠にし、科学の論理に基づく主張をしても排除されてきた。では、どんな主張が排除されてきたか。
それは、大企業の目先の利益にとって不都合な主張である。では大企業は、どんな方法で排除してきたか。それは、そうした主張を発表する報道機関には、広告を出さない、という方法である。
これは、報道機関にとって致命的である。広告収入は収益の主要な部分だから、それがなくなれば、その報道機関は経営的に行き詰まり、存続できなくなる。
◇
このようにして、多くの報道機関は、大企業からの経済的な圧力に耐えかねて言論の自由を放棄した。それは、自由な言論機関としての報道機関の自殺行為であるが、生き残るためには止むを得ない、と考えてきた。そして、生きた屍になった。
この争いの最前線で、大企業側の尖兵になっているのが大手の広告代理店である。
これが言論界の実態であるが、しかし、その全てではない。一部は、この実態に抵抗している。そのことを、名誉のために書き加えておかねばならない。
◇
学術会議問題を考えるとき、銘記しておくべき重要なことは、これまでの言論圧殺の方法は、以上のように、経済的な強制力で行われてきたことである。経営的といってもいい。
しかし、いま学術会議の言論を圧殺しようとしている方法は、これとは違う。こんどは、菅首相が最前線に立って指揮をしている。つまり政治的な、つまり法的な、したがって露骨に暴力的な方法で言論の自由を圧殺しようとしている。
もしも、言論史学という分野が、歴史学の一部にあるなら、いまの歴史段階は、昭和初期の言論弾圧に比肩すべき段階である。そうした危険な段階に、いま入ろうとしている。
◇
昭和初期の頃は、言論を弾圧しておいて、国民を戦争に突入させた。農村の若者は、戦争に向かわされ、農業者は、アジア侵略の先兵にさせられて、犠牲を強いられた。そうした忘れられない苦痛の記憶のなかで生きている高齢者が、いまもいる。
しかし、いまは、あの頃とは違う。国民は戦争による幾多の苦難を経て、平和と言論の自由を勝ち取った。学術会議の創設は、戦争で贖った貴重な成果の1つである。
その言論の自由を、国民は学術会議を中心に据えて、再び復活させるだろう。それは民主主義を守るための、強固な橋頭堡になるだろう。
(2020.11.02)
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