(451)空白の10年を作らないために-団塊世代完全引退後の「技術継承」【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2025年9月5日
団塊の世代(1947-49年生まれ)が後期高齢者(75歳以上)に入り、完全引退が現実味を帯びてきました。「彼らの遺産を日本社会は継承できるのでしょうか?」
とくに、熟練技術の継承は重要です。農業・食品産業も例外ではありません。
わかりやすい例は日本酒である。この夏、世間では食用のコメ価格が大きな関心を集めた。しかし、コメが必要なのは食用だけではない。日本酒も同様である。
例えば、日本酒造杜氏組合連合会によれば、1965年には28,075名いた組合員数は、2023年には2,024名にまで減少している。この数字は杜氏だけでなく、「三役・一般(蔵人)」を合わせた人数である。実に10分の1以下にまで減少している。
なお、三役とは、以下のような専門の技術者を指している。
頭(かしら):杜氏の補佐役として、指示を蔵人に伝え現場指揮を執る
大師(だいし)あるいは麹師:麹造りの責任者
酛廻り(もとまわり)あるいは酛屋:酒母(酛)造りの責任者
杜氏のもとで酒造りに携わる職人は総称して蔵人(くらびと)と呼ばれる。杜氏だけの人数を示せば、1965年は3,683名、2023年は714名である。1965年の日本の人口は9,827万人で2023年は1億2,435万人である。人口は1.27倍に増加したが、杜氏の数は5分の1に減少している。これを単純に合理化という言葉で片づけてよいとはとても思えない。ちなみに、日本の三大杜氏とは、南部杜氏(岩手県)、越後杜氏(新潟県)、丹波杜氏(兵庫県)である。
日本経済が成長する過程で、日本酒に限らず多くの分野で人の手による作業が機械化されてきた。ただし、熟練技術者の能力に依存する発酵や仕込みの技術は、マニュアル化やセンサーで完全に置き換えることができないであろう。
日本における制度的な定年は、1887年、東京砲兵工廠の職工規定で55歳と定められたものが最初のようだ。その後、100年以上を経た1998年に60歳、2013年には65歳までの雇用確保措置が義務化された。逆算するとわかるが、団塊の世代はこの2013年前後にちょうど定年を迎える年回りとなる。
その後も、恐らくは再雇用・嘱託・非常勤などさまざまな形で10年程度は熟練技術者を確保してきた。しかし、その彼らも、ついに後期高齢者となった。
さて、国内外の環境変化の中で食料供給をめぐる状況が一層不透明感を増しているからこそ、前回のコラムでも述べたように、輸入依存ではない国内完結の「発酵・乾燥」などの技術は食料安全保障の面からも重視する必要がある。そのためには、これらの分野に携わる技術者が不可欠である。
75歳以上の方々にどこまで頼れるかは現実問題としては難しいかもしれない。ただし、少なくとも一定の技術を備え、働く意志と能力のあるスーパー・シニアに対しては、活用方法を検討しておく必要があろう。地方の中小零細企業であればなおさらである。
その上で、全ては無理としても、記録・映像・センサー・AIなどのデジタル補完ツールを最大限活用し、熟練の感覚と技術を少しでも継承するため、一種のハイブリッド型継承体制を構築しておく方が良い。
できれば、こうした技術の保存・継承は個人で実施するのではなく、地域社会の協働作業として実施すべきである。博物館の中に映像を残すのも重要だが、それよりは地域の次世代が実際に活用できて初めて技術は生きるからである。
杜氏はわかりやすい例だが、食品分野では味噌造り・醤油造りなども同様である。他分野に目を向ければ、鉄道やトラックなどの輸送分野、上下水道の維持・管理、教育や医療など、今後10年は「団塊の世代の完全引退」により日本社会全体が相当規模の人材不足に見舞われる。そこをどう乗り越えるか、場当たり的な対応では限界がある。一人ひとりが「継承の担い手」としての意識を持ち、持続可能な形での知恵を絞る時であろう。
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