【全中教育部・オンラインJAアカデミー】「激動する世界とその見方、学び方」 世界の変化と日本外交の行方 元外務次官の薮中氏が講演2025年7月31日
JA全中は7月24日、「2025オンラインJAアカデミー」を開催した。大阪大学特任教授で元外務次官の薮中三十二氏を講師に迎え、「激動する世界とその見方、学び方」をテーマに講演した。
講演を聞く参加者
薮中氏は自身の外務官僚時代の豊富な経験を交えながら、WTO(世界貿易機関)による自由貿易体制の重要性や、今後の日本の進路について重要な点を強調した。以下、その要旨を紹介する。
日米関税交渉と農業
日米関税交渉で日本の関税率は15%となったが、「よくわからないことが合意されたらしい」というのが実感だ。報道を見ても、まだ詳細は明らかになっていない。
外務省で40年間勤務し、前半20年は経済交渉を担当した。1980年代、日米経済摩擦の時代には、ワシントンの経済班でUSTR(米国通商代表部)などと直接交渉し、本省に戻ってからは北米第二課長として交渉全体を統括した。
私にとって農業は非常に縁の深い分野である。1987年5月、OECD閣僚理事会で日本側として「食料安全保障(フードセキュリティ)」という非経済的な要素を、多角的自由貿易交渉の議題に初めて盛り込む作業に関わった。
それまでの貿易交渉は工業製品中心で、農業は蚊帳の外に置かれていた。EUや日本は、農業が地域社会と密接に結びついており、保護すべき価値があると主張した。アメリカやオーストラリアとは話が合わなかったが、農業の重要性を強く訴えた。
ジュネーブ駐在時代には、日本政府にとって極めて重い「コメの市場開放」をめぐる交渉に関わり、結果的に「ミニマムアクセス方式」で乗り切れるのではないか、という判断に至った。これが改めて注目を浴びている。
日本はミニマムアクセス枠の中で年間77万トンのコメを輸入しており、そのうちアメリカ産が48%前後を占めている。この割合をさらに増やすというのが今回の合意とされている。日本政府は「枠内の調整であり、農業への悪影響はない」と説明しているが、交渉内容は不明な点が多く、「一応まとまったが、これから中身が出てくる」というのが実態であろう。
日本企業によるアメリカへの投資も問題である。日本側は当初、4000億ドルを提示したが、交渉の過程で5500億ドル(約80兆円)に膨らんだ。利益配分も当初は50対50を提案したが、米国側90に修正された。政府保証が付くとされているが、誰が5500億ドルを拠出し、どう回収するのかについての明確な説明はない。トランプ大統領にとっては、交渉というより取引(ディール)であろう。
多角的貿易交渉の重要性
多角的貿易交渉は時間と努力を要したが、1994年のマラケシュ閣僚会議でWTO設立が決まった。ルールと交渉に基づく貿易体制が平和と繁栄をもたらすという希望を体現するものであった。
しかし、トランプ大統領はWTOを完全に無視し、自国の利益を最優先する姿勢を鮮明にしている。関税率の変更も、アメリカ憲法上は議会の権限であるが、緊急経済法を盾に大統領権限で発動した。平時に貿易赤字を理由として引き上げるなど、憲法違反との批判もあり、明確なWTO違反でもある。
トランプ氏の外交は、民主主義や国際法よりも、ディールの論理が優先される。トランプ氏自身は「戦争嫌い」で軍事的関与にも否定的であるが、「アメリカは世界の警察官ではない」という考え方は、すでにオバマ政権時代から始まっていた。トランプ支持層も、戦争など国外への関与に反対している。
外交で海を平和の場にする
尖閣諸島周辺では、日中間の緊張が続いている。かつてアジア大洋州局長として、東シナ海の資源をめぐる交渉に関わり、2008年には共同開発(「白樺油ガス田」)に関する合意をまとめた。日中間の中間線に位置し、国際的に領海を規定する重要な合意であった。
条約化には至っていないが、2017年に習近平主席が合意を再確認すると表明した。共同開発は中国との信頼を築く第一歩であり、「外交で海を平和の場にする」試みであると信じている。
日本も主体的行動を
日本が国際社会でどう振る舞うかが問われている。安全保障と経済の両面でアメリカへの依存が大きいが、同盟関係を維持しつつも、自主的な判断と原理原則を持つことが重要である。アメリカが「核の傘」を提供する拡大抑止は日米同盟の柱であるが、日本も主体的に国際秩序維持のための行動をとらねばならない。
防衛費をGDP比2%にすべきか、という議論が盛んだ。しかし、数字の根拠や戦略的必要性の吟味は十分ではない。数字ありきではなく、何が本当に必要なのかを議論しなければ、結果的に国民の理解を得ることもできず、持続可能な安全保障体制とはならない。
世界はいま、混沌としている。ロシアは安全保障を脅かし、アメリカは通商体制を揺さぶっている。日本は日米同盟を基軸としつつも、東アジアでは中国とも対話とルールづくりを進め、ASEANや国際社会と連携しながら「原理原則を守る声」を上げていくべきである。
アジアの安定にとっても、世界秩序にとっても、国際法とルールを重んじる日本の存在は極めて重要であり、日本外交がその旗を掲げる責任があると強く申し上げたい。
薮中三十二氏
(プロフィール)
講師の薮中三十二氏は、1948年大阪府生まれ。1969年に外務省に入省し、北米第二課長や総務課長などを歴任。2002年からアジア大洋州局長、2008年には外務次官に就任した。退官後は大阪大学特任教授として教育・研究に従事している。また、次世代のグローバル人材の育成にも意欲的に取り組んでおり、自ら主宰する「グローバル寺子屋・薮中塾」では、若者とともに学び合い、国際社会を見据えたディスカッションを重ねている。
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