JAの活動:JA全農の若い力
【JA全農の若い力】全農ET研究所 硲野健さん 受精卵移植で農家を笑顔に2026年3月2日
JA全農ET研究所(本場:北海道上士幌町)は優秀な牛の受精卵を別の個体の子宮に注入し、妊娠・出産させる技術、ET(Embryo Transfer:受精卵移植)に取り組み、畜産農家の所得向上、和牛の畜産生産基盤を支えている。今回は本場で働く2人の若い力を紹介する。
JA全農ET研究所生産開発課 硲野健さん
硲野健(34)さんは帯広畜産大学(北海道帯広市)の獣医学課程で牛馬の繁殖学を学んだ。
「知識は教科書等で得られますが、技術はどれだけ手を動かしたが大きい。帯広畜産大は牛の数が多く牛をさわらせてもらえたのが良かったです」と硲野さんは思い出す。卒業後、大学院博士課程に進み、大学で学んだ牛の繁殖学、繁殖管理と親和性が高く、現場をやりながら研究ができる職場を探し、学生時代から話に聞いていたET研を選んだ。
入会は2021年度だ。最初に配属されたのが生産課の受卵牛・種雄牛チーム、受精卵移植をされる側の牛の管理および精液製造を行う部署である。硲野さんは「大学で多少なりとも人工授精などをしていたので受精卵移植の作業も難なくできるかなと思っていたのですが、いざ勤めてみると現場で必要とされる技術レベルの高さと自身の実力との差を痛感しました。受精卵移植の作業が一通りできるようになるまで、最初の頃はとても苦労しました」と振り返る。
人工授精でも受精卵移植でも非外科的にする場合、牛の膣から棒状の授精器や移植器を挿入して子宮頚管を通し、授精器・移植器の先を子宮内に出し、そこから精液や受精卵を注入する。子宮頚管を通すのが技術的に難しく苦労した。牛の種類や月齢が違うといろいろ変わってくる。心がけているのは「生殖器を傷つけないようていねいに作業する」ということ。1頭1頭と向き合うことで、教科書にはない学びを身体でつかんでいった。
1年弱勤めて、生産開発課(旧生産課供卵牛チーム)、受精卵を作る側の牛を管理する部署に移った。今度は受精卵を製造するのがメイン業務で、①生きた受精卵を子宮内から回収する体内卵製造と、②卵子に牛の精子をふりかけ実験室内で培養する体外受精卵製造とがある。人工授精の7日後、その牛の子宮を洗浄し、洗浄液から受精卵を採卵する。
「上士幌(ET研本場)の牧場には供卵牛が400頭程度いるので、その牛たちから受精卵を採ります。私は朝の発情見回りに始まり、供卵牛の牛群管理、体内採卵に必要なホルモン剤の投与スケジュールの作成、体内採卵や体外受精卵の培養作業などの業務に携わっています」と硲野さんは話す。
体外受精卵を作製するための卵子を生きた牛から採取する作業(経腟採卵 Ovum Pick Up)をする硲野さん
ET研に入った当時、硲野さんは「自分がしたいことができる職場がET研だ」と「自分中心」に考えていたと言う。「働き始めると、ET研も全農も『生産者のためにある』ことを強く感じるようになり、生産者のために何ができるかを一番に考えるようになりました」。今の業務では、生産者により高品質な受精卵をより安く届けること。「それが何より重要で、その基本的な目標に向かって研究をしています」と言い切る硲野さんの言葉に、大学とも営利企業とも違う「全農の研究所」で働く研究員の矜持がにじむ。
課題を聞くと、「多々あります」とすぐに返ってきた。「たとえば体外卵の製造では、1頭の牛からできるだけ多くの受精卵を製造したい。増えれば(現在は数万円する)受精卵1個の製造コストを低く抑え供給時の販売額を安くできますから」
ET研には牛の遺伝的能力を測定する能力もある。そこで受精卵の移植前に能力や性別を調べ、ゆくゆくは「こういう子牛が生まれてくるだろう」と予測して遺伝的能力が高い受精卵だけを移植していくことも考えられるという。
ET研は牛の受精卵移植の日本におけるパイオニアだ。先人たちの努力があって、今では受精卵移植を扱う団体や獣医師も増えてきた。これからのET研の役割にもふれながら硲野さんは「一人ひとりが日々研鑽して高い技術を持ちながら、新しい技術の開発にも力を入れる必要があります。そうした開発に携わり、畜産業界、獣医業界に対して新しい技術や情報を発信できる人材になりたいです」と抱負を語った。
自分の研究から生産者のための研究へ。小さな小さな受精卵を扱う硲野さんの眼差しの先には、ET研が次の時代もパイオニアであるための課題が見据えられている。
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