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特集:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割

2018.10.25 
食料安全保障の確立へ 「農」を軸に新基幹産業(2)【内橋克人・経済評論家】一覧へ

使命共同体で食とエネルギーも担う社会へ

 

◆世界に広がった「穀物輸出規制」

 今からわずか10年ほど遡るだけで、幾度か他国への穀物輸出を厳しく規制する国々があい次いだことが分かる。産出国の政府自ら自国産の大豆、トウモロコシ、小麦、コメなど主要穀物の輸出に規制措置をかけているのだ。
 ここに例示した2006年から2008年にかけての時代もまた世界の食糧事情が急変へと向かう節目の一つであったことが分かるだろう。
 皮肉なことに、時恰(ときあたか)も、わが国はオーストラリアとの間で「日豪EPA(自由貿易交渉=オーストラリア側はEPAもFTAの一種としていた)」の締結に向けて交渉を始めたばかりだった。だが、前のめりの交渉姿勢とは裏腹に、調印までおよそ7年を要した。
 同EPAの発効は2015年1月まで待つことになる。長い時間をかけて日本が同国とのEPA締結に力を注いだのは、むろんのこと、「廉価な食料輸入」が魅力の一つだったのであり、それを可能にした同国の灌漑農法こそ、わが国政府と経済界にとって「見倣うべき農業モデル」にほかならなかったからだ。
 さらに、わが国政府をして日豪EPAへと駆り立てたものがあった。世界の他の穀物産出国が、次つぎに「穀物輸出規制」に乗り出してきたことだ。現実はすでに「安い国から買えばよい」と嘯(うそぶ)きつづけるわけにはいかなくなっていたのだ。穀物輸出大国といえども、自国民の「飢え」をそのままに外貨を求めて他国に穀物を売りつづけることなどできるはずはなかった。
 当時の「穀物輸出規制」はさまざまな歴史的教訓を突きつける。オーストラリアだけではない。
 たとえばコメ輸出大国といわれたインド。同国もまた一部高級米を除いてコメと小麦の輸出を禁じる措置を断行した。2007年10月のことであり、つづいてベトナムも同年7月以降、新たなコメ輸出契約を禁止した。
 ロシアも同年11月から小麦について10%、大麦については30%の輸出税制度を導入している。「輸入」関税ではない。「輸出」関税である。
 さらにひと足早くアルゼンチンは2007年3月から小麦の輸出登録(国内企業からの輸出申請)を停止すると発表した。中国は2008年正月を迎えたころ、大豆、トウモロコシ、蕎麦(そば)などの輸出抑制措置を実施している...。挙げていけばキリがない。
 世界の食料事情がいきなり緊急事態へと急変することもあり得る。そのような時代に私たちは生きている。地球温暖化がもたらす気候変動、穀物の燃料への転化、人口爆発...。この時代、なおも「安い国から買えばよい」と説えるものは、相応のリスク覚悟でなければならないだろう。いうまでもないところだ。

 
 
◆「FEC自給圏」の形成を

 「自由貿易を盛んにし、相互にウイン・ウインの関係を築けば、世界の経済は発展する」―そう唱える単調なグローバリズム追随論が急速に色褪(あ)せてきた。
 「アメリカ・ファースト」を叫ぶトランプ米大統領の出現、それにつづく世界の分断・対立が危惧されるなか、欧州各国は自国の新たな「経済的安全保障」を求めて政策の総検証にとりかかっている。なかで食料・エネルギーの安全保障が重要な柱として浮上した。ここにきて北欧デンマーク・モデルが再びの脚光を浴びつつあるのだ。
 デンマークは国土面積でいえば北海道の約8割に過ぎない。1973年、あの第一次石油ショックが世界を見舞ったころ、デンマークは「エネルギー弱小国」の苦境をさらけ出した。当時、同国のエネルギー自給率はわずか1.5%。一次エネルギーの89%を石油に、そのまた90%以上を中東地域からの輸入原油に依存していたからだ。同国は国を挙げて「自給力」向上に取り組むことになる。
 危機に直面した同国の実効性ある「エネルギー・食料自給政策」と、そのシステム(市民社会的資本の活用)が再び真摯な学習の対象とされる時代が到来しているのである。
 危機からわずか4分の1世紀後、同国の自給率はすでにエネルギーで118%、食料は300%に達していた。エネルギー自給率増強はその後も衰えることなくつづき、やがて200%を超える。むろん再生可能エネルギーが主力であった。
 同国はこの間にGDP(国内総生産)もまた40%近い成長を記録している。化石燃料の消費増をともなわない経済成長が可能であることを世界の先進国に先駆けて証明したことになる。

 

◇      ◇

 

 さて、世界をめぐるさまざまな事例を紹介してきた。もはや明らかだろう。
 一国の食料自給率を高めるには、単に一産業の枠内にとどまらず「産業連鎖」の政策思考が欠かせないことだ。デンマークの歴史的実験からも明らかなように農・食の自給力を満たすには同時にエネルギーの自給達成も求められる。
 Aという産業の廃棄物はBという産業の原料となり、Bという産業の廃棄物はCという産業の原料となる。Cという産業の...といった具合に、どこまでも循環をつづける構造を地域コミュニティに築く。究極において「新たな基幹産業」を立ち上げることが求められているのではないだろうか。
 このようにFood(食と農)、Energy(エネルギー)、Care(介護、医療、福祉、およそ人間関係の全て)の域内循環、略して「FEC自給圏」の形成を、と長い時間、筆者は呼びかけてきている。この新たな基幹産業を担うものは市民・住民による「使命共同体」のほかにない。単なる地縁共同体でもなく利益共同体でもない。「使命を同じうする」人びとの協同―そのように位置づけることが相応(ふさわ)しいだろう。
 そこでは人びとの生きがい・働きがいを満たし、かつ「社会的有用労働」創造の場として時代の要請に応えていく道にもつながる。
 いま、食料の安全保障をかちとるには「FEC自給圏」を求める思想性と運動性、それらを基軸とする高い理念の政策形成を欠かすことはできない。

 

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