農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】提言:コロナ下で学ぶ協同組合精神 内山 節(哲学者)2021年4月23日
世界は、自然と人間の協同作業で成り立っているおり、この生命循環の世界は、誰もが役割をもち、共同して支え合っていく社会があってこそそれは実現する。そうした社会をつくらなければならないと内山氏は指摘している。
世界は自然と人間の共同作業で成り立つ
内山 節氏(哲学者)
■人間の過信が災害被害を拡大
私たちの社会には、たえずいろいろな災害が発生する。台風、豪雨、地震、津波、噴火などもあれば、現在の新型コロナウイルスの感染拡大もそのひとつだということができる。だが災害には、それが自然災害だとは言い切れない側面が付随している。なぜなら社会のあり方が、被害を縮小することも、逆に拡大することもあるからである。
近年の豪雨災害は、土木事業に依存した防災への過信が被害を増大させた。たとえば河川氾濫をみても、江戸時代までは河川は氾濫するときがあるということを前提にして、河川改修などがおこなわれていた。氾濫が起きたときに遊水池になる場所を確保したり、氾濫常習地域では家屋の周りに輪中をつくり、また二階には避難するときの舟を下げておくなど、地域にあった洪水対策がおこなわれていた。もちろん洪水が起きないように堤防を強化し、分水路を開削するなどの対策もおこなっている。しかし、それでもなお河川氾濫は起きるときがあると人々は考え、氾濫時に備えた対策もおこなっていたのである。この考え方は自然の力に対する畏敬の念から生まれたものでもあったが、そのことを忘れて人間の力を過信すれば、災害時には被害を大きくしてしまう。
■コロナ感染拡大は都市から
この問題は、今回の新型コロナウイルスの感染拡大でも、かたちを変えて発生していた。コロナは、一面では都市の疫病という性格をもっている。もちろん感染症である以上、農山漁村の人たちは感染しないというわけではない。だが世界中をみても、農山漁村の感染者は圧倒的に少ないのである。その理由を探る論文もいくつか出ているけれど、爆発的な感染拡大は都市から発生している。しかも都市のなかにも地域差があって、諸外国では低所得者が暮らすスラム街などの生活環境が劣悪な地域で、より大きな感染拡大が発生した。
スラム街の形成にはふたつの原因がある。ひとつには安い労働力を集めて展開する経済のあり方がスラム街を生みだし、もうひとつは開発や横暴な市場経済の浸透が農山漁村を破壊し、そこで暮らしていた人々が都市の下層民化していくという要因である。いわば市場経済の犠牲者といってもよい人たちが劣悪な環境の地域に堆積し、感染症が拡がればその影響をもっとも大きく受ける。その人たちは二重の意味での犠牲者といってもよいが、そういう現実が世界各国で拡がった。
■格差社会が定着した日本
今日の日本には、大規模なスラム街はほぼ存在しないといってもよい。そしてそのことが欧米や南米、インドなどのような爆発的感染を防いでいる要因のひとつなのだろう。だが別の角度からみれば、日本では社会のなかにみえにくいかたちで、経済や政治によってもたらされたさまざまな問題点が埋め込まれている。スラム街は形成されていなくても格差社会が定着し、働いている人たちの4割ほどが非正規雇用になってしまった。コロナによって雇用調整がおこなわれれば、まっ先に整理されるのは非正規雇用の人たちである。
格差の固定化によって進学を諦める人たちも生まれているし、たとえ大学に通っていても、今日では困窮化した大学生を数多く見受けるようになった。その人たちは奨学金とアルバイトによって生計をたてている。ところがコロナによってアルバイト先がなくなってきた。しかも奨学金といえば聞こえはいいが、日本の奨学金のほとんどは借金にすぎないのである。しかもいまのご時世では高金利の借金である。卒業後に就職しても借金を背負って社会に出て行くことになってしまい、格差の再生産がつづくことになる。しかもアルバイトを掛け持ちしているから、大学生活を楽しむことも、勉強に集中することもできない。こうして、抜け出しにくい格差地獄のなかに飲み込まれていく。
コロナ下ではシングルマザーの生活破綻が激しく、飲食店の休業、時短要請によってもっとも影響を受けているのは、飲食店でアルバイトをしてきた女性たちである。それらはコロナの問題ではなく、現代の政治や経済から生みだされた問題点が、コロナによって社会の表面に現れてきたといった方がよい。
■社会は「いのち」の循環で成り立っている
根本的には、社会は「いのち」の循環によって成立しているといってもよい。基盤には自然の生命循環の世界があり、さらには自然と人間が共同作業をすることによって食べ物が生みだされてくる。さらには流通、加工、小売りといったさまざまな人々の労働が加わり、社会全体の生命循環が展開していく。そのあり方は工業でも同じで、自然が生みだした資源が加工され、組み立てられて社会の生命循環を支えていく。本来の経済とはこのようなものである。だからこの循環的世界を損なわないように展開させるとき、経済もまた持続可能なものになるといってもよい。
私たちは、さまざまな生命循環の世界のなかに、生存の基盤をつくりだしたはずなのである。とすれば社会のかたちとしても、この生命循環のなかで、誰もが、ともに生きることのできるかたちが社会には求められなければいけない。そしてそれをめざしたのが協同組合運動でもあった。「みんなが一人のために、一人がみんなのために」という協同組合運動の精神は、生命循環の世界を大事にしながら、この循環のなかで誰もが役割をもち、支え合って生きるということである。
さらに生命循環の世界は重層的に成立しているということも私たちは忘れてはならないだろう。大きくは地球的規模での生命循環がある。その奧にはそれぞれの国や民族、ひとつの文化圏を単位とする生命循環があり、さらにその奧には地域という生命循環の世界がある。その地域にも比較的広い地域の循環も、昔の村や集落を単位とする小さな循環も、最小単位としては家族のなかで展開する生命循環の世界もある。社会としては、コミュニティ=共同体規模での循環や地域的な循環が力をもち、その基盤の上により大きな循環的世界が展開する。それがもっとも力強い生命循環のあり方であり、私たちはこのような社会を現実のものにすることをめざさなければいけないだろう。
だが現代世界はそれとはかけ離れている。地球規模の市場経済だけが、しかもその実態は投棄マネーを軸にした金融経済が世界を動かし、この動きのなかでさまざまな人々の営みも地域も破壊されていく。そういう状況の下で新型コロナウイルスの感染が拡大したがゆえに、それは人々や地域の営みをいっそう破滅させる方向で展開してしまった。
前記したように、生命循環の世界は自然と人間の共同作業として成立する。とともに、誰もがこの循環する世界のなかで役割をもち、共同して支え合っていく社会があってこそそれは実現する。そういうあり方が存在しているのだと誰もが感じられる社会。私たちがつくらなければいけないのは、そういう社会である。
この社会の奧には協同組合の精神があるとすれば、私たちはコロナ下の社会で、あらためてそのことを学んだ。
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