コラム 詳細

コラム:小説 決断の時―歴史に学ぶ―

【童門冬二(歴史作家)】

2018.05.20 
虫よ虫よ五ふし草の根を絶つな 西郷隆盛一覧へ

◆若き西郷は年貢の徴収員

 若き日の西郷隆盛(当時吉之助)が、最初に役職に就いたのは、薩摩藩の郡方(こおりがた=地方事務所)の書役助(かきやくたすく=書記役)だった。十八歳の時だ。主務は農民への年貢の賦課・徴収だ。
 かれは、
 「城の中で机に座っていても納税者の実情はわからない」と考え、農村の農家に下宿した。主人は実直で誠実な人物だった。それだけに重い年貢でいつも苦しんでいた。
 当時の税の課税システムは、 ・城の重役会議で必要な収入額としての年貢総額を決定する ・それを郡方に示す ・郡方では村別に額を割り振る ・村では名主(村長)が各農家に割り振る、というものだった。
 各名主は割振り額を減らすため担当役人を接待し、賄賂を渡す。賄賂は農民から徴収する。まじめな名主は賄賂を送らない。役人は賄賂をもらって減額した分を、賄賂を出さない村に加算する。この方法で総額はピタリと合うように調整する。
 西郷が下宿したのはまじめな名主が支配するまじめな納税者の家だった。役所にいくと先輩たちは毎日外から戻ってきて、自慢話に花を咲かせる。
「おれの担当する○○村ではこれだけよこしたぞ」と、賄賂の額を告げる。きいた者は、「それはお手柄だな。おれの村ではこれだけしかよこさない。よし増税してやるぞ」
 と、話の内容が理不尽で無茶苦茶だ。きいている西郷は顔を真っ赤にして手を握りしめる。そんな西郷をみて先輩悪役人が、
「おう、西郷、おまえもいくらかせしめてきたか」とからかうようにきく。西郷は憤然として、
「わたしはそんなことはしません!」と相手をニラみつける。相手は大仰に「おお怖い!」と身をふるわせる。そして「可愛くない奴だな。そんな態度だと誰からも相手にされなくなるぞ」と冷たい表情になり、さげすむように西郷をみる。
 その年の納入期限が迫ってきた。前日の夜、深夜に西郷は厠(トイレ)に立った。厠は庭にある。用を済ませて寝床に戻ろうとすると、牛小屋の方から話し声がきこえた。西郷は近寄った。家の主人が牛に話かけていた。
「おまえとは明日で別れることになる。賄賂を出さなかったので年貢がドサッと重くなった。とても払えない。いままでよく働いてくれたのに申し訳ない。明日はおまえを市に連れていって売る。その金で年貢を納める。甲斐性のない主人だと思ってかんべんしてくれ。本当に済まない」主人は牛の首を抱いて謝った。涙を流していた。
 物陰できいていた西郷はがまんできなくなった。思わずとび出しかけた。が、とび出しても何もできない。主人と牛のためには何の役にも立たない。グッと足を踏みしめ、
(明日は一番でこのことをお奉行に話そう)
 と心をきめた。

 

◆気弱な奉行が残した歌西郷隆盛(挿絵:大和坂 和可)

 翌朝、早目に登庁した西郷は奉行室の前で奉行を待った。やがてやってきた奉行は、
「西郷、早いな、どうした?」ときいた。
「お話があります」と険しい表情でいった。
「そうか、入れ」と奉行は自分の部屋に西郷を入れた。
「何だ、話してみろ」
「この役所は腐っています!」西郷はいきなりなぐりつけるようにいった。奉行はビックリした。
「何のことだ?」。西郷は昨夜みた下宿の主人と牛の話をした。そしてその原因をつくっている郡方役所の先輩役人の悪事を告げた。奉行の名は迫田太次衛門という。西郷の話をじっときいた。きき終えると、「すべて知っている」と肩を落とした。西郷は頭にきた。キレた。
「知っていてなぜ放っておくんですか。いまごろ牛は市で売られています」
「西郷よ、この役所の悪事はお城にもつながっているのだ。それもかなり奥へな」 
 汚職は構造的だというのだ。誠実な迫田は何度も重役と渡りあった。しかしその度に敗北した。重役に言い負かされた。このごろは無力感でいっぱいだ。つくづく仕事が嫌いになっている。
 迫田がいった。
「西郷、久しぶりに正しい声をきいた。わしも心をきめた」
「お城に談判にいってくださるのですか。それなら私もお供します」
「そうじゃない。辞めるよ」
「え」
「役所を辞める。いてもお前の期待にはとうていそえない」
「またそんな負け犬のようなことを。お奉行の正しい心はわかりました。それを武器に今日から戦って下さい。まずこの役所の汚職役人をクビにしてください」
「できないよ。それができないから辞めるのだ。全く自分が情けなくなる」
 よほどの事情があるようだ。汚職も単純ではなく城の深層である重役や、さらにその上にもつながっているような口ぶりだ。西郷は暗い気持ちになり、どうしていいのかわからなくなった。ただ、
(どんなことがあっても、おれはこの奉行のようにはならないぞ)
 と心をふるい立てた。
 迫田はこの日西郷に自作の歌をくれた。
 虫よ虫よ 五ふし草の根を絶やすな
 断たば、おのれも共に枯れなん
 と書いてあった。迫田は説明した。
「虫というのは藩庁のことだ。もちろん悪徳役人も入る。五ふし草というのは稲のことだ。根まで食いつくしたら、結局は自分たちも死んでしまうぞという警告だ」
「.........」
 西郷は口をきかなかった。
(奉行としてやるべきことをやらないで、こんな歌が何の役に立つのだ!)
 という憤懣が胸の中で煮っている。が、気弱な迫田にすればこれが精一杯の抵抗なのだろう。
 迫田のいうとおり悪政は頂点までつながっていた。藩主が交代してようやく濁った水が澄みはじめた。新しい藩主は島津斉彬だった。斉彬は西郷の正義感を愛して重用する。しかしこういった。
「先輩役人を告発するだけでは汚職はなくならならぬ。もっと大きな目で事の底を凝視せよ。それにはおまえ自身が大きく育つことだ」。西郷は変わる。大きく育つ。
 西郷は明治十年に乱を起こして城山で死ぬが、その時も「虫よ虫よ」の書付を持っていたという。

(挿絵)大和坂 和可

 

本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。

童門冬二(歴史作家)のコラム【小説 決断の時―歴史に学ぶ―】

一覧はこちら

このページの先頭へ

このページの先頭へ