【小松泰信・地方の眼力】TPP法成立と戦わぬJAグループ2018年7月4日
1日約3億円、32日間で100億円弱を投入してまで会期延長している今国会。その執念が実ったのか、6月29日には政府によって今国会での最重要法案と位置づけられた「働き方改革関連法」と、米国を除く環太平洋経済連携協定(CPTPP、以下TPP11と略)の関連法も参院本会議で可決、成立した。2日後のNHK「日曜討論」のテーマは、“決勝T進出 日本躍進の背景に何が スポーツの可能性は?”だった。討論の成果が伝わらなかったのか、敗退。残念ではあるが、ワールドカップの政治的利用に終わりが告げられホッとしている。
◆懸念を表す地方3紙
社説・論説でTPP法成立を取り上げているのは地方紙、全国紙ともに少数派。
北海道新聞(7月1日)は、「確認すべきは、TPP11が多国籍企業に有利な半面、関税の撤廃や引き下げによって農業に犠牲を強いるということだ」として、「米国がTPPから離脱したことで工業製品の一大輸出先が失われ、日本の利点は小さくなった。なのに農業での関税削減の約束は12カ国の旧協定が維持される。工業面のメリットは減り、農業面の痛みは増す。それがTPP11の実態だ」と、厳しく指摘する。そして、「道内生産者への影響は大きい。......生産者の声を幅広くくんだ総合的な対策が不可欠だ」と、訴える。
岩手日報(1日)は、「米国が抜けても農業分野の合意内容は維持され、日本の農林水産物の82%は関税が撤廃される。関連法に畜産の経営安定策が盛り込まれたが、大規模な市場開放に農業者の不安は当然だろう。数々の心配に対し、政府の説明は十分ではなかった。国会での審議時間も、2年前の米国を含む協定審議と比べて大幅に少なく、議論が乏しかったのは残念だ。(政府の)試算は、農産物価格が下がっても、支援策により農業者所得は保てる-との前提に基づく。見通しの甘さは否めず、さらにきめ細かな分析は欠かせない」とする。そして、「米国が日本との2国間交渉に持ち込み、TPP水準以上の市場開放を求めてくるのは必至......自動車とともに農林水産物が最大の標的となるだろう。......そのとき、付帯決議に沿って米側の要求を『断固として拒絶』できるか」と、政府に注文を付けている。
南日本新聞(1日)も、「(試算では)輸入増で価格が下がり、生産額は減るが、収入補てんなどの国内対策で農家所得は確保され、国内生産量は維持されると見積もる。だが、果たしてそうか。国はこれまでもさまざまな農業振興策を打ち出してきた。それでも生産者の高齢化や割高なコストが響き、総産出額は停滞したままだ。政府の試算は根拠に乏しく、実現性への疑問が拭えない」として、政府に「農家の懸念と向き合い、農業の将来を見据えた万全の対策」を、求めている。
◆大歓迎の日経、読売
日本経済新聞(2日)は、「自由度の高い貿易・投資協定のモデルといわれるTPP11の発効を急ぎ、保護貿易の防波堤を築きたい」とする。そして、「アジア太平洋地域に公正で透明な経済ルールを定着させ、成長力の高い巨大市場をつくる意義は大きい」として、「保護貿易の圧力に抵抗し、世界の成長センターを育む仲間が増えるのは歓迎だ」と、慶祝ムード。政府に対しては、トランプ米大統領にTPPの重要性を説き、「米国の復帰を粘り強く促す必要もある」と、宿題を課している。
読売新聞(1日)も、「協定が発効すれば、自国市場の開放を迫られる代わりに、人やモノ、資金の流れが活性化し、成長力の底上げが見込める」と、成長に大いなる期待を寄せる。「米国が離脱する前の国会審議よりも、野党側の抵抗は激しくなかった。長期にわたる論戦を通じ、自由貿易の恩恵に一定の理解が進んだことは評価できる」とは、御用新聞ならではの書きぶり。
◆「国益」という言葉にだまされるな
日本農業新聞・論説(6月30日)は、「超高水準の貿易協定」年内発効の公算大、として農業への打撃に大いなる懸念を示し、「『国策』として推進した政府・与党は、農業を守る重い責務を忘れてはならない。食料安全保障の後退は許されない」とする。そして〝国内対策が機能すれば生産減少を防げ、食料自給率にも影響しない〟との政府見解を楽観的とし、経営安定対策などが「発動されない経済環境をつくることが肝要」とする。
さらに、「米農業団体は、トランプ大統領が踏み切った報復関税への中国や欧州連合(EU) の対抗措置のしわ寄せを受けている。......その不満のはけ口を......日本に迫る展開が怖い」として、当該法案議決時に採択された付帯決議に記された、「TPPの合意水準を上回る米国からの要求は断固として拒絶し、わが国の国益に反するような合意は決して行わないこと」の遵守を求めている。
付帯決議の効能については疑問あり。理由の一つは、「世界的に保護主義の台頭への懸念が強まる中、......多角的自由貿易体制の強化・再構築に向けて、世界第3位の経済大国として積極的にリーダーシップを発揮すること」という、当該決議第4項の空元気に、農業問題は気圧されるに違いない、という読み。もう一つが、「日米はこれまでも、そしてこれからも100%共にある」と胸を張る首相が、「トランプに従うことこそ『国益』」と、言い放つはず、という読みである。
◆市民団体にお任せしていいのかJAグループ
同紙には、市民団体によるCPTPPの発効阻止行動が紹介されている。農業者、消費者団体などが参加する「TPPプラスを許さない! 全国共同行動」が関連法案の審議を見守りながら、「発効阻止へこれからも行動を続けよう」と、抗議行動を行ったことや、全日本農民組合連合会(全日農)も「短時間の審議しか行われず、強行採決した」と批判し、国内外の団体と連携を取りながら、発効に反対していく方針を示した。残念なことに、最大の当事者ともいうべきJAグループの姿は見当たらない。
官邸と農水省の監視対象下にある組織として、政府の法案に楯突くことなく、創造的自己改革なるものに粛々と取り組むことが大人の姿勢、といったところか。しかしこれまでも、TPPに反対する諸団体が連帯した抗議行動をJAグループに求めても、「自分たちは自分たちでやりますから、どうぞご自由におやりください」、という姿勢であったことは、多方面から聞いている。
全中中家会長は同紙の取材に、「農産物の輸入動向や生産現場への影響を注視していく」との考えを示し、「農業者の不安を払拭するため、国内農業に対する万全の対策を講ずるよう、引き続き政府に働き掛けを行っていく」と、常識的コメント。
頼りにしていたはずの自民党農林議員が、「牛豚の経営安定対策(マルキン)の補填率が引き上げられるため『よかった』と歓迎する一方、今後の日米協議の行方は『一体どうなるのか』と不安な表情を浮かべた」ことも紹介されている。何か、他人事。頼りにならないことは明らか。
戦いを放棄した"対話路線"が、JAグループにもたらしたのがこの体たらく。まさに"オクノ細道行き止まり"である。
「地方の眼力」なめんなよ
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