花嫁御寮の涙【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第139回2021年3月11日
結婚式をホテルなどのよそでやるようになったのは戦後、1960年以降のことである。かつてはすべて婚家の屋敷でやった。
式の日には、隣近所や親戚が家に集まって嫁が到着するのを待つ。近所の子どもたちも「むがさり(結婚式)だ」などと叫びながらその家の近くに集まる。にぎやかな花嫁行列が長持唄などを歌いながら近づき、盛装した花嫁が家の前に来る。それを家の中から祝いの謡いで迎え、それが終わると花嫁は台所口から家に入る。これが農家の結婚式だった。農村だけではなかった。当時は都会でも花嫁は玄関口から入れなかった(子どものころそれをみていた私の妻はものすごくいやな思いをしたものだったと今でも言う)。
都市・農村を問わず嫁は子どもを生む道具であると同時に家事の労働力でしかなかった。電気、ガス、石油、水道のない時代の家事労働はきわめて大変であり、それに育児が加わったらどうしようもなかったのである。農村部では、それに農業労働が加わるのだからさらにすさまじかった。そして、男女の不平等、家に対する女性の従属は、法的にだけではなく実質的にもすさまじいものがあった。
こんな古い家に喜んで嫁に行くなどという女性はほとんどなかった。親の言うとおりに相手もよく知らないで結婚させられる場合などは、なおのことである。しかしいつまでも「行かず後家」で、家の厄介者になっているわけにはいかない。女性の働き口などほとんどない時代であり、自立して生きていくことなどはできないからである。町の女性は家事を手伝いながら(花嫁修行をしながら)嫁に行くのを待つしかなかった。村の女性は、家事手伝いに加えて農作業を朝から晩まで手伝いながら嫁に行くのを待ち、それが宿命とあきらめの気持ちで、親の言うがままに嫁にいった。
それを示しているのが当時の童謡である。童謡に出てくる花嫁には涙がつきものだった。たとえばかの有名な(といっても若い方はご存知ないかもしれないが)蕗谷虹児作詞の『花嫁人形』は次のように歌う。
金襴緞子の 帯締めながら
花嫁御寮は なぜ泣くのだろ(注1)
また『花かげ』(注2)の二番の歌詞は
花嫁すがたの おねえさま
お別れ惜しんで 泣きました
そのほかの歌でも、花嫁は泣いている。あるいは婚家に閉じこめられるであろう花嫁を思って、遠くへいってしまったとか、お別れを惜しんでとかで、妹が泣く。
もちろん好きな相手であれば別であったろう。どんな苦労もがまんできただろう。それを表しているようなめずらしい童謡がある。それは『雨降りお月』(注3)だ。
雨降りお月さん 雲のなか
お嫁に行くときゃ だれと行く
ひとりでからかさ さして行く
からかさないときゃ だれと行く
シャラシャラ シャンシャン 鈴付けた
お馬に揺られて ぬれて行く
この詞は雨が降ろうと何であろうとも、一人ででも断固として嫁にいくということを示している。しかも曲は長調で明るい。花嫁をうたった童謡のなかで、喜んで嫁に行くというちょっと雰囲気の違う曲である。
しかし、必ずしもそうではないようだ。そう思わせる歌詞が二番にある。
たづなのしたから ちょいと見たりゃ
お袖でお顔を かくしてる
お袖はぬれても ほしゃかわく
なぜお袖で顔を隠しているのだろうか。お袖はなぜ濡れているのだろうか。雨のせいなのか。もしかして涙のせいではないだろうか。それもうれし涙なのか、悲しい涙なのか。作詞者に聞かなければわからない。
それにしても明るい歌である。つらいことはわかっても好きな人のところなら喜んで嫁に行く、それを作詞者の野口雨情は歌ったのだと私は理解したい。そうでなければ救いがないからだ。
しかし現実にはほとんどそうではなかった。好き嫌いなど関係なしに、嫁に行かされたのである。お見合いどころか結婚して初めて相手の顔を見たという人さえいた。
「いかず後家」でいるわけにはいかなかったのである。それは都市部でも農村部でも同じであった。
(注)
1.作詞:蕗谷虹児、作曲:杉山長谷夫、1923(大12)年
2.作詞:大村主計、作曲:豊田義一、1931(昭6年)年
3.作詞:野口雨情、作曲:中山晋平、1925(大14)年
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